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ある日の暮方の事である。一人のドラジが、シャドバ門の下でアンリミドラゴンを触っていた。
広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。シャドバ門が、各種ストアにある以上は、この男のほかにも、ドラゴンクラスでアンリミをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである。それが、この男のほかには誰もいない。
何故かと云うと、この二三年、アンリミには、ハンドレスゥマとか共鳴ネメとか糞狸とか骸ネクロとか云う災いがつづいて起った。そこでランクマのさびれ方は一通りではない。旧記によると、ドッキオマルドゥークを打砕いて、その丹がついたり、虹色の箔がついたりしたエーテルを、デッキにつみ重ねて、環境デッキのために売っていたと云う事である。ランクマがその始末であるから、環境の修理などは、元より誰も捨てて顧る者がなかった。するとその荒れ果てたのをよい事にして、天狐の社やホズミが棲む。オネストシーフが棲む。とうとうしまいには、時間のないシャドバプレイヤーが、このフォーマットへ逃げてきて、年金を取って行くと云う習慣さえ出来た。そこで、日の目が見えようが見えまいが、誰でも気味を悪るがって、このフォーマットの話題へは足ぶみをしない事になってしまったのである。
その代りまたクソデッキがどこからか、たくさん集って来た。新弾直後に見ると、そのクソデッキが幾重にも輪を描いて、低いMPのまわりを啼きながら、飛びまわっている。ことに門の上の空が、環境末期であかくなる時には、それが胡麻をまいたようにはっきり見えた。クソデッキは、勿論、門の上にあるイナゴの肉を、啄みに来るのである。――もっとも今日は、AFがヤバいせいか、一羽も見えない。ただ、所々、崩れかかった、そうしてその崩れ目に長い草のはえた石段の上に、メカニカルドッグの破片が、点々と白くこびりついているのが見える。下人は8クラスあるTier表の一番下の段に、洗いざらした緑のプレミアム託宣を据えて、画面の左下に出来た、クソダサ覚醒カウンターを気にしながら、ぼんやり、AFの解放ぶんまわりを眺めていた。
作者はさっき、「ドラジがAFの終わりを待っていた」と書いた。しかし、ドラジはAFが死んでも、格別どうしようと云う当てはない。ふだんなら、勿論、同じ庭園ゾーイを擦り倒す可き筈である。所がその庭園ゾーイからは、四五日前に暇を出された。前にも書いたように、当時アンリミは一通りならず衰微していた。今この下人が、永年、使っていたデッキから、暇を出されたのも、実はこの衰微の小さな余波にほかならない。だから「下人がAFの終わりを待っていた」と云うよりも「AFにボコボコにされたドラジが、行き所がなくて、途方にくれていた」と云う方が、適当である。その上、今日のローテ環境も少からず、このアンリミ好きのドラジの Sentimentalisme に影響した。新弾追加後から暴れ出したAFは、いまだに死ぬけしきがない。そこで、下人は、何をおいても差当り明日のシャドバをどうにかしようとして――云わばどうにもならない事を、どうにかしようとして、とりとめもない考えをたどりながら、さっきからおんJシャドウバース部にふる雨の音を、聞くともなく聞いていたのである。
雨は、シャドバ門をつつんで、遠くから、ざあっと云う音をあつめて来る。AF環境は次第にアンリミを低くして、見上げると、高MPの屋根が、斜につき出したランキングの先に、重たくうす暗いAF誇民を支えている。
どうにもならない事を、どうにかするためには、クラスを選んでいる遑はない。選んでいれば、MP0か、道ばたで、シャドバを引退するばかりである。そうして、この門の上へ持って来て、犬のように棄てられてしまうばかりである。選ばないとすれば――下人の考えは、何度も同じ道を低徊した揚句に、やっとこの局所へ逢着した。しかしこの「すれば」は、いつまでたっても、結局「すれば」であった。下人は、クラスを選ばないという事を肯定しながらも、この「すれば」のかたをつけるために、当然、その後に来る可き「イナゴになるよりほかに仕方がない」と云う事を、積極的に肯定するだけの、勇気が出ずにいたのである。
ドラジは、大きな嚔をして、それから、大儀そうに立上った。夕冷えのするアンリミは、もう袖からの託宣が欲しいほどのクソ環境である。風は門のローテとアンリミとの間を、3/3/3もそこそこえらいラズリと共に遠慮なく、吹きぬける。丹塗の柱にとまっていた蟋蟀も、もうどこかへ行ってしまった。
ドラジは、頸をちぢめながら、昔ながらのデッキに重ねた、クソみたいなコンセプトデッキの山を高くしてシャドバ門を見まわした。AFの患のない、人目にかかる惧のない、楽しくMPが漏れそうな所があれば、そこでともかくも、AF規制までの長い夜を明かそうと思ったからである。すると、幸い門の上の楼へ上る、幅の広い、これも丹を塗ったルムマが眼についた。上なら、人がいたにしても、どうせ逆張り部員ばかりである。下人はそこで、腰にさげた進化ドラゴンの太刀が鞘走らないように気をつけながら、藁草履をはいた足を、そのルムマのアンリミテッドの段へふみかけた。
それから、何分かの後である。シャドバ門の楼の上へ出る、幅の広いルムマの中段に、一人の男が、猫のように身をちぢめて、息を殺して生かしながら、上の容子を窺っていた。楼の上からさす火の光が、かすかに、その男のクソダサ覚醒カウンターをぬらしている。銀色の鎖の中に、赤褐色の「覚醒」の文字を持った謎カウンターをである。ドラジは、始めから、この上にいる者は、逆張り部員ばかりだと高を括っていた。それが、ルムマを二三回やって見ると、上では誰か解放をとぼして、しかもその共鳴カウンターをそこここと動かしているらしい。これは、その濁った、黄いろい解放が、隅々に加速装置をかけた盤面に、揺れながら映ったので、すぐにそれと知れたのである。このAF環境のアンリミに、このルムマ上で、AFを回しているからは、どうせただの者ではない。
ドラジは、守宮のように足音をぬすんで、やっと部員のアンリミルムマを、一番上の段まで這うようにして登り詰めた。そうして体を出来るだけ、平にしながら、頸を出来るだけ、前へ出して、恐る恐る、部員ルムマの内を覗いて見た。
見ると、ルムマの内には、噂に聞いた通り、幾つかの部員が、無造作に棄ててあるが、解放の光の及ぶ範囲が、思ったより狭いので、数は幾つともわからない。ただ、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸の部員と、既に手帳を取った裸の部員とがあるという事である。勿論、中にはイナゴも逆張りもまじっているらしい。そうして、その部員は皆、それが、かつて、生きていた人間だと云う事実さえ疑われるほど、土を捏ねて造った人形のように、口を開いたり手を延ばしたりして、ごろごろ床の上にころがっていた。しかも、肩とか胸とかの高くなっている部分(とハゲ頭)に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなっている部分の影を一層暗くしながら、永久にルルナイの如く黙っていた。
ドラジは、それらの部員の腐爛した臭気に思わず、鼻を掩った。しかし、その手は、次の瞬間には、もう鼻を掩う事を忘れていた。ある強い感情が、ほとんどことごとくこの男の嗅覚を奪ってしまったからだ。
ドラジの眼は、その時、はじめてその部員の中に蹲っている部員を見た。裸で、背の低い、痩せた、ハゲ頭の、ゲイで黒人のシャドバやってそうな部員である。その部員は、右の手に解放をともしたアンリミAFを持って、その部員の一つの顔を覗きこむように眺めていた。髪の毛のない所を見ると、多分イナゴの部員であろう。
ドラジは、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時は呼吸をするのさえ忘れていた。旧記の記者の語を借りれば、「頭身の毛も生える」ように感じたのである。すると部員は、アンリミAFを、床板の間に挿して、それから、今まで眺めていた部員の首に両手をかけると、丁度、猿の親が猿の子の虱をとるように、そのハゲ頭に油性ペンで何かを書き始めた。ハゲ頭にはペンで文字が書けるらしい。
その文字が、一文字ずつ書き込まれるに従って、ドラジの心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。そうして、それと同時に、この部員に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。――いや、この部員に対すると云っては、語弊があるかも知れない。むしろ、あらゆる環境デッキに対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。この時、誰かがこのドラジに、さっき門の下でこの男が考えていた、シャドバを引退するかイナゴになるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らくドラジは、何の未練もなく、シャドバ引退を選んだ事であろう。それほど、この男の環境デッキを憎む心は、部員の床に挿したフルプレミアムAFののように、勢いよく燃え上り出していたのである。
ドラジは部員の端くれであるから、勿論、何故部員が部員に文字を書くかわかっていた。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知っていた。しかし下人にとっては、このクソ環境のアンリミに、このルムマの上で、AFで部員を轢き殺すと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。勿論、ドラジは、さっきまで自分が、イナゴになる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。
そこで、ドラジは、両足に力を入れて、いきなり、観戦からスレへ飛び上った。そうしてキーボードに手をかけながら、大股に部員の前へ歩みよった。部員が驚いたのは云うまでもない。
部員は、一目ドラジを見ると、まるで弩にでも弾かれたように、飛び上った。
「おのれ、どこへ行く。」
ドラジは、部員が他の部員につまずきながら、慌てふためいて逃げようとする行手を塞いで、こう罵った。部員は、それでもドラジをつきのけて行こうとする。ドラジはまた、それを行かすまいとして、押しもどす。二人はスレの中で、しばらく、無言のまま、つかみ合った。しかし勝敗は、はじめからわかっている。ドラジはとうとう、イナゴ部員に腕をつかまれて、無理にそこへねじ倒された。丁度、鶏の脚のような、骨と皮ばかりの腕である。
「何をしていた。云え。云わぬと、これだぞよ。」
ドラジは、部員をきっと睨むと、いきなり、5コストを払って、鳳凰の庭園が放つ金色をその眼の前へつきつけた。けれども、イナゴ部員は黙っている。両手をわなわなふるわせて、肩で息を切りながら、眼を、眼球がまぶたの外へ出そうになるほど、見開いて、ルルナイのように執拗く黙っている。これを見ると、ドラジは始めて明白に自分の生死が、全然、部員の意志に支配されていると云う事を意識した。そうしてこの意識は、今までけわしく燃えていた憎悪の心を、いつの間にか冷ましてしまった。後に残ったのは、ただ、先2託宣先3託宣託宣をして、それが円満に成就した時の、安らかな得意と満足とがあるばかりである。そこで、ドラジは、部員を見上げながら、少し声を柔らげてこう云った。
「己は検非違使の庁の役人などではない。今し方この門の下を通りかかったクラス専の者だ。だからお前に縄をかけて、どうしようと云うような事はない。ただ、今時分このルムマで、何をして居たのだか、それを己に話しさえすればいいのだ。」
すると、部員は、見開いていた眼を、一層大きくして、じっとそのドラジのMPを見守った。まぶたの赤くなった、肉食鳥のような、鋭い眼で見たのである。それから、皺で、ほとんど、鼻と一つになった唇を、何か物でも噛んでいるように動かした。細い喉で、尖った喉仏の動いているのが見える。その時、その喉から、アナライズAFの啼くような声が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳へ伝わって来た。
「この部員を倒して、この部員を倒してな、こやつの名前を「ぼっき・ざ・こっく!」にしようと思うたのじゃ。」
ドラジは、部員の答が存外、平凡なのに失望した。そうして失望すると同時に、また前の憎悪が、冷やかな侮蔑と一緒に、心の中へはいって来た。すると、その気色が、先方へも通じたのであろう。部員は、片手に、まださっき負けた部員が名前を変えた証拠のスクショを持ったなり、クソ蛙のつぶやくような声で、口ごもりながら、こんな事を云った。
「成程な、環境デッキで部員を轢き殺すと云う事は、何ぼう悪い事かも知れぬ。じゃが、ここにいる部員どもは、皆、そのくらいな事を、されてもいい人間ばかりだぞよ。現在、わしが今、髪を抜いた部員などはな、スペコラを四寸ばかりずつに切って加工したのを、今晩のおかずだと云うて、深夜のスレへ売りに往いんだわ。疫病にかかって死ななんだら、今でも売りに往んでいた事であろ。それもよ、この部員の売るエロ画像は、質がよいと云うて、部員どもが、欠かさず拡張子抜きURLを踏んでいたそうな。わしは、この部員のした事が悪いとは思うていぬ。せねば、饑死をするのじゃて、仕方がなくした事であろ。されば、今また、わしのしていた事も悪い事とは思わぬぞよ。これとてもやはりせねば、気持ちわるい名前を付けられるじゃて、仕方がなくする事じゃわいの。じゃて、その仕方がない事を、よく知っていたこの部員は、大方わしのする事も大目に見てくれるであろ。」
部員は、大体こんな意味の事を云った。
ドラジは、庭園の返しに解放OTKを決められたので、台パンしながら、冷然として、この話を聞いていた。勿論、画面の左下では、銀色の鎖に縛られた覚醒カウンターを気にしながら、聞いているのである。しかし、これを聞いている中に、ドラジの心には、ある勇気が生まれて来た。それは、さっき門の下で、この男には欠けていた勇気である。そうして、またさっきこのルムマを観戦して、この部員を捕えた時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気である。下人は、シャドバを引退するかイナゴになるかに、迷わなかったばかりではない。その時のこの男の心もちから云えば、シャドバ引退などと云う事は、ほとんど、考える事さえ出来ないほど、意識の外に追い出されていた。
「きっと、そうか。」
部員の話がおわると、ドラジは嘲るような声で念を押した。そうして、一足前へ出ると、不意に右の手を託宣から離して、部員の襟上をつかみながら、噛みつくようにこう云った。
「では、己がオズ具現化超越開闢OTKをしようと恨むまいな。己もそうしなければ、シャドバを引退する体なのだ。」
ドラジは、すばやく、デッキ作成画面を開いた。それから、足にしがみつこうとする部員を、手荒く蹴倒した。オズ混沌の完成の口までは、僅に24500エーテルを数えるばかりである。ドラジは、雑に作ったオズ具現化混沌をわきにかかえて、またたく間にMP2000台をアンリミの底へかけ下りた。
しばらく、死んだように倒れていた部員が、部員の死骸の中から、その裸の体を起したのは、それから間もなくの事である。部員はつぶやくような、うめくような声を立てながら、まだ暖かい解放の光をたよりに、アンリミの口まで、這って行った。そうして、そこから、ハゲ頭をひょこりと出して、門の下を覗きこんだ。外には、ただ、黒洞々たるクソ環境があるばかりである。
ドラジの行方は、誰も知らない。

このページへのコメント

>「では、己がオズ具現化超越開闢OTKをしようと恨むまいな。己もそうしなければ、シャドバを引退する体なのだ。」
ドラジ…もういい…休めッ…

2
Posted by 名無し(ID:UjjlVn7rhA) 2023年07月19日(水) 10:10:12 返信

よく読んだらドラジがフィジカル負けしてるの叙述トリックみたいで好き

4
Posted by 名無し(ID:BOzyq3qeQg) 2023年07月19日(水) 09:51:26 返信数(1) 返信

デッキパワーがAF>>>庭園ドラなせいで原作とは逆にドラジが部員にねじ倒されてる細やかさ感心したわ
ねじ倒されてるドラジが「役人などではない」とか言い出すクッソシュールで情けない絵面ほんますこ

2
Posted by 名無し(ID:gdtyGSXvbA) 2023年07月19日(水) 10:21:12

読めば読むほど味が出る
笑いこらえるのクッソきついわ

2
Posted by 名無し(ID:2soedRRdyw) 2023年07月19日(水) 09:36:40 返信数(1) 返信

や芥川神
こんな雑な改変しといてなんだけど久しぶりに呼んだら改めて良さが実感できたわ

0
Posted by  yotuba428orz yotuba428orz 2023年07月20日(木) 22:59:58

クソデカシャドバ門を思い出したわ
名文

5
Posted by 名無し(ID:5q6ve3BdWg) 2023年07月15日(土) 13:07:44 返信

こういうのすき

0
Posted by 名無し(ID:qLrWp8cavQ) 2023年07月15日(土) 12:20:54 返信

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