おんJシャドバ部 - ルゥ×アン
300: ↓名無しさん▼副:20/08/19(水)06:23:07 ID:Ql.wp.L23 ×



「……せんぱーい、アンせんぱーい? 起きて、ますぅ?」
 空は僅かに白みだしたが、窓の外はまだ暗く。朝とも夜ともつかぬ時間に、ルゥはそっと抑えた声で、隣で眠る少女に声をかけた。静寂に返事は無く、部屋にはただ安らかな寝息だけが聞こえる。この時間に目覚めたのは全くの偶然だった。

 今夜はグレアがいない、そう知ったのは昨日のことだった。急な用事によるものだったのか、露骨に寂し気な表情を見せるアンを見て、思考より先にルゥの体は動いていた。
「あ、あのっ! 今夜、アン先輩のお部屋にお泊りしても、いいですか?」
 一息でそう言いきってから、ルゥは自分で自分の行動に驚き困惑した。これまでアンの部屋に泊まったことなど勿論ない。これまでずっと、恥ずかしさと照れくささ、申し訳なさで言えなかったこと。アンの少し驚いた表情に恐怖と邪推が巡ったが、アンは拒絶も追及もしなかった。ただ「いいよ、おいで」と、いつもの笑顔がそこにはあった。

 それからルゥは、いつもより長めにシャワーを浴びていつもより早めに家を出て、たっぷり迷った末にアンの部屋に泊まりに来ているのだった。

「アンせんぱー……っ」
 熟睡するアンの顔をそっと覗き込んで、ルゥは小さく息を呑んだ。ルゥが頼み込んで潜りこんだ1つ掛け布団の下、マナリアの王女は極めて無防備にその横顔を晒していた。学院ですっかり見慣れた顔のはずなのに、なぜだか今日はいつもより綺麗で、可愛らしくルゥの眼に映った。白い肌はより美しく、長い睫毛はよりくっきりと。なんだか居心地が悪くなって、ベッドの上で正座する。その横顔をじっと見つめているうちに、ルゥは自身の鼓動が早まるのを感じた。
「……んっ、んぅ……」
 アンは小さく声を漏らしながら、寝返りを打って仰向けになった。そのすぐ傍で、ルゥが恐怖と緊張で石のように固まっているのにはもちろん気付いていない。アンの整った顔が視界に入り、1つ、心臓が強く打った。
 両眼を閉じて仰向きのアンはルゥにはひどく蠱惑的で、視線がふわり吸い込まれていく。絹のごとき金髪白皙はまさしく王女の気品を秘め、しかしまだ幼さを滲ませている。気が付けば、ルゥは四つん這いになってアンを真上から見つめていた。なんだか押し倒してるみたいだ、なんて考えはすぐに振り払う。だけどその視線は外せない。

 いけないことなのはわかっている。この部屋はアンとグレアの部屋で、少し周囲を見渡せばグレアの私物が嫌と言うほど飛び込んでくる。ルゥはその間隙を縫って忍び込んだに過ぎず、本質的によそ者だった。この空間はルゥを歓迎していない。
 でも。自省すれば、そもそもルゥの感情自体許されるものではないのだ。アンとグレアの親密さ、そしてその関係は全学院生の知るところだ。美貌と才覚を兼ね備えた2人の王女は誰がどう見てもお似合いで、いわんやちんちくりんの追試の女帝に入り込む隙などありやしなかった。そんなことはルゥが一番よくわかっていたし、だからこそ昨日、勝手に口から飛び出した言葉に自分が一番驚いたのだ。自分の恋は決して成就しないし、望むことすら無謀だとわかっているから。

 でも、今は、今だけは。

「……アン先輩。す、好きです」
 囁くように想いを告げる。思っていたよりスムーズに声は出た。頬は焼けるように熱く、心臓が早鐘のように打つ。両手でシーツを強く強く握りしめ、真っ白な頬に恐る恐る顔を近づける。自分の行動から目を背けるように、その瞼をぎゅっと瞑る。そっと、唇が触れた。

 刹那、ルゥははっと我に返り体を起こす。自分がしでかしたことがフラッシュバックし、あわあわと後悔と恐怖で身を捩る。バレたら大変なことになる。アンがもし目覚めていたら、ルゥの行為に気付いていたら。
 しかし、いつまでたってもアンが目覚めることは無く、安らかな寝息は延々規則正しいままだった。ルゥは安堵し、それから少し「残念だな」と思い、首を振ってすぐにそれを打ち消した。

 今のは夢だ。一夜の夢。この想いは決して叶わないし、その人に伝えることもない。もう一度布団に潜り込む。隣で眠るアンは、これまでも、そしてずっとこれからも、「ただの」頼れる先輩だ。窓から朝日が差し込む前に、ルゥはゆっくりと瞳を閉じた。