ふっ、またハイスコア更新だ。
ここは行きつけのゲーセン。商店街の中にあってそこそこ人が多いが、家から近いので仕方なくここに通っている。私がわざわざ面倒な外出をする唯一の理由だ。
今日はwaiwai――洗濯機の愛称で親しまれるリズムゲーム――をプレイしている。新曲が追加されたので、さっそくランキングにジェントルマンの名を刻んできた。
入力を済ませ、顔バレ対策に足早に店を出る。クーラーの効いた店内から出るのは惜しいが、ぱっぱと帰らなければ誰に見つかるか分からない。例えばそう、『セブンスフレイム』のあいつらとか…
「ひっ!?」
な、なんだ?今目の前を何かが横切って…
その行き先を目で追うと、そこにいたのは天竜ライトのデジフレ…ドラグニルだった。
あいつはしつこく迫ってきて嫌いだ。きっとデジフレのほうもそんな感じに違いない。最短距離で帰ってシャドバをやろう。
って、こっちはドラグニルがいるほうじゃないか!最短で帰るにはここを通るしかないし、この暑い日に外にいたら干からびてしまう。そんなのごめんだ。でもドラグニルには一歩も近づきたくないし…うう…
って、何くよくよしてるんだ私。
私は誇り高きゲーマー、乙坂シオンだ!そう、取るに足らないデジフレ一匹気にする必要はない!何より、私がジェントルマンとバレるはずがない!
平静を装い、何食わぬ顔でドラグニルへと立ち向かう。大丈夫、バレない、私は空気だ。バレないバレないバレない…
ふふ、ははは!やったぞ!ついに通り過ぎた!どうだ、見たかドラグニル!私だってやればできるのさ!デジタルアバターという皮をかぶらなくても私はこんなに勇敢だ!
ああ気分がいい。今日はいい夢が見られそうだ。家に帰ったらすぐ風呂に入ろう。
「ちょっと待つドラ」
!?
!?!?!?
「な、なんだよお前!」
バレた?
私、なにかバレるようなことした?
考えろ、考えろ。私はどうしたらいい?さっさと帰ろうとしても怪しまれる。喋り続けたっていつかボロが出る。この場で取れる最善の行動をしろ。
いや?待てよ?
そもそも私がジェントルマンだとバレたなんて誰が言った?ただの、いつもの被害妄想じゃないか。第一こいつは喋るとはいえ所詮はデジフレ。私の完璧な隠密に気付けたのは褒めてやるが、正体を見抜けるわけがないんだ。
「さっきからずっとジロジロ見てきて、いったい何の用ドラ?」
私、そんなに不審者みたいなことしてた…?いや、しかしこれは好都合だ。まだバレてない。逃げられる。
「べ、別に見てない…用もない!」
私はここ数か月していないガチのダッシュでその場を去った。幸いドラグニルは追ってこない。
心臓の鼓動が鳴りやまない。運動不足が身に染みる。帰ったら絶対風呂入ろう。
久しぶりにこんなに汗をかいた。疲れた体に冷たいシャワーが心地よい。
くそっ、ドラグニルさえいなければこんな目には合わなかったのに。
入浴を終えても気分が晴れない。体だけさっぱりして、心の中には泥が溜まっているような、そんな奇妙な感覚。
そういえば、なぜドラグニルはあそこにいたんだろうか?いつもならライトと一緒にいるはずだ。でも今日は、目的もなくふらふらしているように見えた。
…とりあえずカメラを確認してみよう。
部室に仕掛けたカメラは、学校が開いている時間は自動で録画しておくようにセットしてある。今日の部室の様子を見れば、ドラグニルが一回くらい映っていてもおかしくない。
早送りで映像を確認。
「こいつは…確かセブンシャドウズの…」
音声をONにしてみる。そこにはウルフラムとドラグニルの会話がしっかりと記録されていた。
ちょっと待て、ドラグニルに穴…?それに、おま…って…!?
カーソルが自然とシークバーに引き寄せられる。スバルが来て、後ろから抱きついてなんか話してる。うわっなんだこいつ重い…聞きたくないものを聞いてしまった。
次に入ってきたのはイツキ。入れ替わりでスバルは出て行った。そしてドラグニルが窓から出て行って…さっき会ったのもこの時間だ。
「ドラグニルだけだったのは、おまんこが原因だったのか…」
自分の体に突然おまんこができるって、どんな気分なんだろう?私の体におちんちんが生えることを想像――しかけてやめた。そんなこと知る必要もないし、知りたくもない。
やがて部室にドラグニルが戻った。窓から入ってきて、そのまま外を眺めているドラグニル。後ろからイツキが近づき…
「!?」
そこで行われたのは驚愕の、まさに目を疑いたくなるような行為だった。イツキとドラグニルの、濃厚な…えっちなことが…
「はっはやく消さないと…!」
再生を停止して、保存されているデータを確認。削除をクリックしようとして、手が止まる。
正直、この素人AnimalVideoはかなり興奮した。こんな貴重なデータを削除してしまっていいのか?むしろこれは脅しか何かの材料にだってなるだろう。
心の中のジェントルマンがニヤニヤして、さらに何か囁く。気が付くと自分も同じ顔をしていた。
「ふっふっふ…ドラグニル、覚悟しているんだな!」
未だ淫行の痕が消えない部室。ソファには放心状態のドラグニル。この部屋にはまた彼一人だ。それを確認したシオンは、ホログラムのスイッチを入れる。
「あ〜、コホン」
「!?」
突然聞こえた声にドラグニルは跳ね起きた。そしてその正体を視界に捉えると、安堵し、同時に焦りを持った。
「ジェントルマン…何の用ドラ?みんななら今はいないドラ」
「そうかい。それは好都合だ」
ドラグニルの安堵に、少しひびが入った。この「好都合」という言葉が、自分ではなく相手にとってのものだということを、身をもって知ったからだ。
ジェントルマンへの警戒心をむき出しに、窓際へ飛び上がる。デジタルアバターとはいえ、今のドラグニルの体に触れられない保証はどこにもない。
「まあまあ、落ち着きたまえよドラグニル…君に危害を加えるつもりはないんだ」
「…信用できないドラ」
普段から上から目線で、正体も見せないくせにこちらを知ったような口を利く。シャドバのことはよく知っているが、人への配慮など微塵も知らない…そんなジェントルマンが発した言葉など信用できない。
「まあ、僕のことなんて信用できないだろうね…。当然だ。でもシャドバのこととなると、話は別だろう?」
実際、シャドバの知識に関してはセブンスフレイムの誰よりも勝っている、それがジェントルマン―乙坂シオン―だ。ドラグニルもそれはよく知っているし、シオン自信もそれが自分の最大の長所であると知っている。
ましてやシャドバ初心者である相棒、天竜ライトにとって、その知識というのはなによりも価値のあるものだ。だからこう言われるとドラグニルも話を聞かざるを得なかった。
「じゃあ早く話すドラ」
「単刀直入に言う。君には、隠された能力が眠っている。そして、天竜ライトはまだそれを使いこなせていない」
ジェントルマンはドラグニルをピシっと指さす。あまりにもまっすぐで勢いのある仕草に、ドラグニルは一瞬自分の体に風穴があいたのではないかと錯覚した。
「それって、どんな能力ドラ?」
伸びた人差し指が口元へ吸い寄せられる。秘密の話の締めくくりのように、ジェントルマンは静かでありながら威厳のある声で言った。
「ここから先は実戦で示そう」
「僕のターン。
実験開始をプレイ!」
地面からせりあがるように、土の塊がフィールドに登場する。
今日の僕の構築は、スペルブーストと秘術を混ぜたデッキ。通常では勝つことは難しい、今回の"実験"のために用意したデッキだ。
手札にはすでに切り札の1枚…一つ目の魔法生物、
ゲイザーが見えている。スペルブーストでコストが1下がった。
「ターンエンド。君のターンだが…今は何もしなくていい」
ドラグニルには、2ターン目に自分をプレイするだけでいいと伝えてある。デジフレは意思を持つ存在なのだから、おそらく自分をプレイすることくらいはできるだろうという推測だ。
予定通り、僕の先行2ターン目。ここもまだ準備の段階だ。
「
雄大なる教えをプレイ。カードを1枚引く」
土塊がまた一つ出てくる。
「さあ、君に僕の知識を授けよう。文字通り、"雄大なる教え"をね」
ふっふっふ、順調順調。このためにセリフ回しまで考えてきたんだ。僕のストラテジーに欠陥はない。
"ドラグニルの触手姦AnimalVideo撮影計画"は一つも滞りなく進んでいる。やはり僕は天才…これでより良質なオ…
って、デジフレがえっちなことされてるビデオでするなんて、変態みたいじゃないか!何を考えてるんだ僕は!
そう、これはあくまで好奇心。単純な好奇心を満たすための、いわば暇つぶしだ。他意はない。
「ジェントルマン?もうそっちのターンドラよ」
スピーカーからの声に驚きモニターに意識を戻す。既に相手の盤面にはドラグニルが出ていた。
――曰く、デジフレとは"相棒"。
シャドバに存在するデジタルカードでありながら、プレイヤーとコミュニケーションを自在に取り、仲良くなるとレジェンドカードに進化することさえあるという不思議の塊。
特異な性質を持ってはいるものの、結局は「シャドウバースに登場するゴールドカード」。つまり
魂の部分はシャドバに深く根付いているのだ。
であれば、シャドバ内でプレイされたカードの影響…たとえば熱や香り、痛みでさえも感じることができるのではないだろうか?
これが僕の完璧なストラテジー。まだ仮定の段階だが、香りに関してはメイティの協力で検証済みだ。
「僕のターン。
魔力の蓄積をプレイ!」
手札のゲイザーのコストが合計3下がる。
「…ところでドラグニルくん。何か感じないかい?」
「そういえば、なんだか体から力がみなぎるような…」
さんざん乱暴をされた後のドラグニルは疲れ切っていた。それが今は体の底に力が降り積もり、溢れてくるかのようだ。まるで"体に魔力が蓄積していく"かのように。
熱を帯びた体が、早く動き出したい、跳んで走って火を吐きたいと叫んでいる。しかし今はまだジェントルマンのターンなので、激しく動き出すことはできない。
衝動はイライラへ、もどかしさは苦しさへと姿を変えていく。そんなドラグニルを見透かすように、ジェントルマンはにやにやとこちらを見つめている。
(はやく…ターン終了、してほしいドラ……)
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