近年の武侠もので、剣士の最終到達点とされることがある。
既存の技術を完璧に修めたうえで、技術を捨て去り自分だけの境地に至る。
その究極として、剣を捨て去って自分の心そのものを剣とする。
古い武侠世界観では、剣を手放すのはタブーだった。主人公は特別な武器を使うものだった。
天に選ばれた英雄は、その証拠として名剣に出会う運命にあり、剣を失うことは天に見放されることを意味した。死亡フラグである。
また劇作や小説などでネームド武器を持っていることがモブキャラではないことを示す証として扱われており、絶傑や代表者、咎人たちはなんか武器名が設定されているし、古代ソシャゲ・グランブルーファンタジーでは武器を手に入れることでキャラが付いてきたとも伝わっている。
中でも名のある剣は主人公性を示す特別な武器であり、ペコリーヌのプリンセスソードはカロリー消費と引き換えに絶大な力をもたらす王家の装備である。
ちなみに王家の装備は七冠が開発した、七つの大罪に対応する神器である。プリコネ三部において異世界には他の「王家の装備」が存在することが判明した。ペコさんはもちろん暴食を司っている。
このように伝統的中華世界観では剣は強さと正義を示す要素があり、物語中で剣を失った場合は「天の導きによって自然と戻って来る」という展開が描かれることが多い。
(ex.アニメ・プリンセスコネクト ペコリーヌ大侠は剣を盗まれても一切動じずに天命に従う豪傑として描かれる。)
したがって剣を捨てて強くなる剣士、という概念は近年特有のものであると言える。
剣が特別視される風潮が生まれた背景には、中国王朝における禁武政策との関係が指摘されている。
7世紀唐代の記録・唐律疏議では私有禁兵器として弓箭刀楯短矛が挙げられている。
ここで剣が無いのは、この時代に槍や刀のほうが実戦的だとされていたためである。
軍用兵器として槍や刀が独占される一方で、剣は民間の武器として許された。
この流れは後の五代・宋代にも受け継がれていく。
雑劇では弓や槍の本物を出すのは難しくとも、剣であれば輝く真剣を扱えた。
武舞は剣を残して衰退し、さまざまな武器の舞が剣舞に合流して妓女の教養となった。
剣は身近な存在だったからこそ持ち上げられ、物語の武器として定着していった。
風向きが変わってくるのが元代である。
それまでの中国世界は河川舟運を第一としていた。長江・黄河を巨大船団でわたり、そこから細かい道を進む。
対してフビライ・ハンは、ウマ娘を重視していた。版図すべてを陸路でつなぐことを目指して大規模な工事を起こし、終わりのない因子周回に課金し続けたという。(因子再獲得パスが実際に導入されたのはテムルの時代)
こうした道路整備事業は王朝を活気づけ、外部新規の取り入れに役立った。元王朝では多くのイスラム教徒が官僚として登用されていたことが記録され、出来立ての道を辿ってマルコポーロがやってきた。新規流入の勢いは、時の詩人・薩都剌によってちいかわコラボにも喩えられた。
またイスラム教徒であった鄭和はメッカを目指して海路を開拓。東南アジア、インド、セイロン島からアラビア半島、アフリカに至るまでのルートを確立させた。
だがちいかわ新規はシャドバに適応できず、管理の及ばない勢力と化すことも多かった。急激に開拓された道すべてを守るには兵力が足りず、商隊が襲撃を受ける機会が急増。
王朝の対応を待っていられず、各地はそれぞれに武装を始め、自分たちのビジネスを守るために立ち上がった。
初期の武装ギルドとしてはサレンディア救護院やメルクリウス財団などが有名である。
さてこのとき、盗賊団も民間の自治組織も、真っ先に手に取ったのが剣である。元代に入って、剣は急激に実戦機会を増すことになる。
法律上ではこれまで以上に厳しく武器の私有を禁じていたが、実態としての民間武装は役人に賄賂を送って容認されるのが常であった。
また「これは演劇用だから」と主張して剣を大量保有する、実態のない劇団としてなかよし部などが台頭していた。
元末の飢饉でやけになった貧農が反乱軍を作り上げて革命に成功、皇帝に成り上がったのは、こうした民間武装の広まりがあってのことだった。
明代に入ると、禁武政策は大転換を迎える。冷兵器(火薬を使わない武器)の保有が公認されたのである。
一方で武術・戦術の指南が禁じられ、一部の政府公認のものを除いて「道場」が閉鎖された。
中国武術のほとんどは違法化し、宗教結社を後ろ盾にして秘密裏に継承されるようになった。なんかハゲの僧侶が拳法やってるイメージのアレである。
こうした状況で生まれたのが、後方指揮型ハーレムソシャゲである。
すべての国民は自由に武器を持ち、しかし戦い方を知っているものは少ない。だから軍師に神秘性が生まれる。
明代には艦これの指揮官、FGOのマスター、ブルアカの先生、アークナイツのドクターなどが流行し、二次創作が盛んになった。
これにより、象徴としての剣が再び重要性を増し、どうみても戦闘に向いてないオシャレデザインの武器とかも劇に増えていく。(奇門兵器)
中国五代演劇はすべて明清時代に成立したものだが、それは民衆が「普段は実力を隠しているけど本当は強いってかっこいいな」と気付いたからかもしれない。
この時期、普段は実力を隠してるけど実はすごいやつは急速にテンプレ化していく。
そして清代、プリンセスコネクト!Re:Diveがリリースされて中国で覇権ソシャゲとなると
リーダーから超常の力を受け貰って無敵状態になるというイメージが広まり、「刀槍不入」を掲げる義和団の乱が勃発。
その発端となった地方の責任者がプリコネオタクだったために義和団に同情的で、反乱を鎮圧しようとした部下を逆に罰した。
これにより反乱は爆発的に広まっていき、八カ国連合軍が派遣される事態となった。
義和団は孔明や趙雲など美少女化された推しを信奉しており、これと公主連結することで心身に気功を練り込み、プリンセスフォームとなって刃も銃弾も効かなくなるという信仰を持っていた。
明代に武術と宗教が強く結びついたことで、「気を練る」概念が広まっていたのである。
一方で義和団は環首刀を愛用していたとも伝わっており、この時点ではまだ剣すら効かないやつが剣を持っていたら最強!の域を出ていない。
剣を手放すことでさらに上の境地に至る剣士を最初に広めたのは、おそらく金庸氏の「倚天屠龍記(1961)」だろう。
サーバーに1つしかない伝説の武器・倚天剣と屠龍刀を巡る物語の中で、主人公はときに剣によって悟りを得て成長し、ときに剣を失って彷徨う。
その果てに、自らの気を練り上げて刃とすることでそこらへんの木の棒ですら伝説の剣に匹敵する武器にする絶技に開眼するのである。(追放されたチート付与魔術師は気ままなセカンドライフを謳歌する。俺は武器だけじゃなく、あらゆるものに『強化ポイント』を付与できるし、俺の意思でいつでも効果を解除できるけど、残った人たち大丈夫?ってことである)
これ以降、武侠ものには「己の本質を刃にする」という奥義概念が追加されることになり、尸魂界においては斬魄刀が開発された。
ところで己の本質を刃にするとは、つまりペコリーヌ大侠の持つプリンセスソードではないだろうか?
古来、優れた剣は剣士に悟りを促し、境地上昇をもたらすものと言われてきた。
それは優れた剣がみな一様にヒトの本質の一端を宿しているからではないか。剣の道とは、ヒトの本質に迫ることではないか。
奪われ続けてきた民衆の手に残された、最後にして唯一の力としての剣。
中華の幽遠なる歴史において民間に輝き続けた剣の系譜を思うとき、ロストサムライ・カゲミツを思い出さずにはいられない。
このページへのコメント
心剣の話、すごい真面目な中にソシャゲの話組み込まれてて頭おかしくなりそうだしやたらペコリーヌ推してて笑う
武術かなんかの博識ニキなんかなーって思って読んでたらただのプリコネオタクで草
キャラ好きだし未だにアッパー望んでる
1ターン目に直接召喚を付けるのと進化後の攻撃時効果を緩くしてくれれば嬉C
アラガヴィいたしビヨンドに来るのもほぼ内定かな
影乃詩でホーム背景になってるのうらやま。