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※この記事はシャドバの二次創作SSです。デッキ記事でもなければ、攻略記事でもありません。
 SSを知らないor妄想を含んだSSが苦手な方はブラウザバック推奨です
※一部性的な描写が含まれます。18歳未満の人は読まないようにしてください。
※完結済み

2025/06/08

 夜の街を走る送迎車の窓から、ボクは星空を見上げていた。

 ネオンの光に負けじと瞬く星々が、まるでボクを嘲笑うかのように輝いている。

「──カバーアルバムの売上も上々です。名義を隠した上で実績を残せるとは、流石ですね」
「そう」

 運転席からマネージャーの声が響く。彼女の声には満足げな響きがあるけれど、ボクの心には何も響かない。ぶっきらぼうに答えながら、視線を星空に向け続ける。

「ところで」
「……」
「もう一度、オリジナルのシングルを出してはどうですか?ファンも待望してますよ」
「…………」

 マネージャーの提案に、ボクは無言で目を細める。オリジナル。自分だけの歌。そんなものが、今のボクに作れるのだろうか。

 車内に沈黙が流れる中、ボクの心は自然と『あの子』のことを思い浮かべていた。

 長い金髪にパステルブルーのインナーカラー。明るく能天気な笑顔。そして──ボクを打ち砕いた圧倒的な力を持つ、アンドロイドの少女。

 かつて『破壊の絶傑』と呼ばれていた頃のボクは、歌声で人々を扇動し、破壊の試練を齎していた。

 大衆に囲まれ、可憐に踊りながら、世界を自分の色に染めていく快感に酔いしれていた。あの頃のボクは、自分が世界の中心にいると信じて疑わなかった。

 でも、『あの子』がすべてを変えてしまった。

 音速すら凌駕する卓越した戦闘能力で、ボクの歌声による破壊の力を押し切り、完膚なきまでに打ち破った。その瞬間、ボクの中で何かが音を立てて崩れ落ちた。

 敗北後、ボクは何故か、オフでアイドルのように振る舞うことができなくなった。かつては私生活でも人々を魅了し続けていたのに、今では家に帰ると疲れ果てて、ただひっそりと暮らすだけ。

 芸風も変わった。大衆に囲まれて可憐に踊るスタイルから、クールさを強めたストリート系へ。オリジナル曲を歌うことも止めて、カバー曲ばかり。

 何故このような変化があったのか、自分でも理解できない。ただ分かるのは、あの子の影響を受けているということ。

 あの子の持つ強さに、無意識に憧れているのかもしれない。それとも、対抗しようとしているのか。それとも──

「未完成こそ可能性。……悪いことではないと思いますよ」

 マネージャーの唐突な呟きに、ボクは視線を車窓から前へ向けた。彼女は相変わらず前方を見つめているが、その横顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる気がする。

「……何が言いたいの?」
「いえ、ただの独り言です」

 彼女はそう言って、また静かになった。

 車が信号で止まる。赤い光が車内を染める中、ボクは小さくため息をつく。再び星空を見上げながら、ボクは心の奥底で眠る炎の存在を感じていた。

 それは破壊の炎ではない。もっと別の、名前のつけられない熱い何かが、静かに燻り続けている。その炎がいつ、何を照らし出すのか。

 ボクにはまだ、分からない。

 ◆◆◆

 送迎車から降りて、マンションの階段を一段ずつ上がるたび、足取りが重くなる。

 夜風がコンクリートの壁をすり抜け、髪をそっと揺らす。自宅の扉の前で立ち止まり、深く息を吐く。ポケットから鍵を取り出し、金属が小さく鳴った。

「ただいま」
「おかえり〜!」

 扉を開けると、すぐに明るい声が飛び込んでくる。あっ勢いよく玄関まで駆け寄ってきたのは、長い金髪にパステルブルーのインカラーが揺れる少女──ララミア。

 かつてボクを打ち破った、あの戦闘用アンドロイド。今はボクの同居人になっている。

「ちゃんとご飯作っておいたよ!今日もマニュアル越えの出来栄えなんだから!」
「はいはい、ありがとうね」

 靴を脱ぎながら軽く返事をする。得意げに両手を腰に当てて胸を張るララミア。その様子に、思わず笑みがこぼれた。

 リビングに足を踏み入れると、テーブルの上には湯気の立つ料理が並んでいた。彩りも悪くないし、香りもいい。

 席に着くと、ララミアが向かいの椅子に座り、視線をボクの顔に向ける。どうやら反応が気になっているらしい。

 ボクは箸を手に取ると、料理を口へ運ぶ。

(……美味しい)

 その味わいに、ボクの心に小さく波紋が広がっていく。

「美味しい?」

 小さな波が伝わったのか、ララミアは自信満々にボクの顔を覗き込んでくる。

「……美味しいよ」
「やった!」

 素直にそう伝えると、ララミアは嬉しそうに目を細めた。

「今日は塩分濃度を0.2%下げて、火加減も三段階調整したんだよ。あとね、食材の切り方も新しいパターンを試してみて──」

 ララミアが早口で調理の工夫や結果報告を始める。ボクは適当に相槌を打ちながら、ぼんやりとテーブルの向こうを眺めた。

 ──この奇妙な同居生活が始まったのは、あの敗北の後。

「改めまして、私はララミア!これからよろしくね、シェナ!」
「ああ……うん。よろしく」

 再びこの街に戻り、一人暮らしを始めたボクの下へ、ララミアが現れた。

『絶傑の経過観察』という任務を受けたらしい。敗北後に再臨したボクが再び破壊の試練を開始しないか、その監視のために来たということだった。

 そして何を思ったのか、ボクに最も近い場所。つまり、ボクの自宅で暮らすことを提案してきた。

 最初は面倒だと思った。だが、任務の邪魔をすれば余計に面倒なことになりそうだったし、本人は敵意どころか、やけに友好的で、悪意を感じさせなかった。

 打算的な理由もある。不在時の不審者対策になるし、帰宅すれば温かいご飯と明るい部屋が待っている。それは冷たい夜を埋めるには、十分なメリットがある。ボクは彼女の提案を受け入れた──

 実際、ララミアがいてくれることで生活は便利になった。

 玄関の鍵を開けた瞬間、誰かが「おかえり」と言ってくれる。食卓には手作りの料理が並び、リビングには柔らかな灯りがともる。誰もいない部屋に帰るより、ずっと心が軽くなる。

 ……はずだった。

 それなのに、胸の奥に広がるこのモヤモヤは、日ごとに大きくなっていく。

 理由は分からない。ララミアの存在が鬱陶しいわけでもない。むしろ、彼女の無邪気な笑顔や拙い料理、優しい気遣いに救われている部分もある。なのに、なぜか心がざわつく。

 箸を進めながら、ふとララミアの横顔を盗み見る。彼女は相変わらず、料理の工程や味付けのデータについて熱心に語り続けている。

 金色の髪が柔らかな光に照らされて、まるで星のようにきらめいていた。

 ◆◆◆

 食事を終え、湯上がりの体をバスタオルで包みながらリビングに戻ると、部屋には柔らかな静寂が満ちていた。ソファに身を沈め、深く息を吐く。

 今日も一日が終わった──そんな安堵と、どこか物足りない気持ちが胸の奥でせめぎ合う。

「ララミア、肩揉みモード開始〜!」
「わわっ……!ちょっ、急にやめてよ……!」

 おどけた声で呼びかけながら、背後に回ってきた。彼女の手がボクの肩にそっと触れる。

 最初は優しく、やがて少しずつ力を込めて、コリをほぐすように指が動き始める。アンドロイドの指先は驚くほど器用で、絶妙な強さで筋肉を押し流してくれる。

「お加減はいかがですか〜?」
「……まぁまぁかな」
「も〜!そこはいい感じって褒めてよ!」
「はいはい……うん、気持ちいいよ。上手になったね」
「えへへ〜!ありがとっ!」

 ボクは肩の感触に身を委ねながら、目を細める。

 絶傑と呼ばれていた頃は、オフの時間も常に気を張り詰めていた。

 トップアイドルであり続けるために、食事も睡眠も、スキンケアも、すべて完璧にこなしていた。様々な人に指示をして、支えさせて、ぼくはただひたすら、前だけを見ていた気がする。

 でも、あの敗北の後は違う。食事は適当に買ってきて、ケアは最低限。ぼんやりとしたまま夜が更けていくことも多かった。

 ララミアが来てから生活は変わったけど、今でも根本にあるのはたぶん、無気力と無関心なのかもしれない。

 マッサージが終わると、洗面台の前に立ち、化粧水を手に取る。パシャパシャと頬に叩き込んでいると、背後からララミアの声が響いた。

「いつも思うけどさ、そんな綺麗な肌にケアが必要なの?」
「……っ!」

 思わず手が止まる。鏡越しにララミアの無邪気な瞳が映る。ドキリと跳ねた胸の鼓動を落ち着けるために、ボクは一度深呼吸をしてから答える。

「……人前に立つ仕事は、見た目が大事だからね。何もしないと、すぐにボロが出るんだよ」
「ふ〜ん、そういうものなんだね」

 ボクは鏡越しに彼女を見つめ、努めて平静を装いながら答えると、ララミアは大きく頷いた。

「でも、いざとなれば再臨させればいいよね!そうしたら新品同然だよ!」
「ははっ……。そういうこと、軽々しく言わないでね」

 あっけらかんとした声に、苦笑いを浮かべる。もう一度倒して、再生させるなんて、そんな簡単に言わないでほしい。顔を引き攣らせながら、化粧水の蓋を閉めた。

 ララミアは本当に好奇心旺盛だ。何故かオフのボクに興味津々で、些細なことにも首を突っ込んでくる。

 例えば料理。ボクが買ってきた物の食材や調理法について、ことある毎に聞いてきた。

 ファッション誌を眺めるだけで、「あなたなら、こっちの衣装も似合うかも」なんて言ってくる。髪型を変えただけで、まるで宝物でも見つけたように目を輝かせて喜び、真似し始めたことも。

 煩わしくなる時もある。それなのに、ララミアと一緒にいると、何故かそれも悪くない気がして。

 ◆◆◆

 就寝前。

 ボクは適当な音楽を聴きながら横になっている。

 適当に検索して引っかかった曲をぼんやりと聴いていると、いつの間にか隣で座っていたララミアも画面をのぞいていた。彼女の金髪がボクの視界を少し遮る。

「今日は何聴いてるの?」
「別に、適当だよ」
「どれどれ〜曲名は『Rue Inoubliable』……ララミア、検索開始〜!」
「……」

 ボクは黙りこくって、瞳を閉じた。ララミアはボクの隣で、時々、こうして一緒に音楽を聴いたりする。最初こそ抵抗を感じたものの、今ではすっかり慣れてしまった。

「検索完了!ピアノが主体のインストゥルメンタルなんだね!BPMは100程度で──」

 隣でブツブツ言っているが、その呟きは頭に入ってこなかった。ボクは聴き流す代わりに、音楽に合わせてフレーズをそっと口ずさむ。

「♪〜〜……」

 ピアノのみの旋律に、ボイスの乗らない歌声が重なる。それはただのハミングだったけれど、不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。

「♪〜〜…………」

 今はオリジナル曲を出すことを止めた、というよりも出来なくなったボクだけど、こうして歌うこと自体は悪くないと感じている。たぶんそれが、細々とアイドルを続けている理由なのだろう。

「♪〜〜……ん?」
「…………」

 途中でちょっとした違和感があり、ボクはハミングを止める。先ほどまでやかましかったララミアが、妙に静かなのだ。

 横目でちらりと様子を見てみる。ララミアは何故か口を結び、神妙とした顔で固まっていた。

「どうかした?」
「……あっ!え、えぇっと、その……えへへ……」

 ボクが声をかけると、ララミアはハッとして、そして誤魔化すような笑みを浮かべる。きっと何かしら考え事をしていて、没頭してしまったのだろう。元の体勢に戻ろうとした時──

「……あのね、シェナ」

 不意に話しかけられ、ボクは片眉を上げてララミアへと顔を向けた。ララミアは真剣な表情でこちらを見つめている。

「実は私、歌や音楽って、細かい周波数の正弦波を重ね合わせただけの、単なる再現性のある振動だと思ってたんだ」

 ララミアが窓を見上げる。その横顔はいつもの明るさではなく、どこか憂いを帯びていた。

「けど、改めて聴いてみると、不思議な感覚になるの。嬉しかったり、悲しかったり、楽しくなったり、時には高揚したり。よく分からない気持ちになって、何度も耳を澄ませちゃう」

 ララミアは目を閉じた後、再びこちらを振り向く。その瞳には、普段の無邪気さではなく真剣さが宿っていた。

「これって、どうしてなんだろう。あなたならわかる?」
「…………」

 ララミアの問いかけに、一瞬言葉を失う。正確な答えを求める彼女。だが、音楽に正確な答えはないと、ボクは知っている。
 少し逡巡して、それから、ゆっくりと口を開いた。

「あくまで一般論だけど……音楽にはね、気持ちを込めることが多いんだ。聴く人に何かを伝えたくて、歌ったり、演奏したりすることもある」
「へえ……!」

 ララミアはボクの一言一句に目を丸くしながら頷いた。そして、もう一度問い掛けてくる。

「それじゃあ、シェナが私と戦っていた時に歌ってた曲には、どんなメッセージを込めたの?」
「それは……」

 ララミアが身を乗り出してくる。ボクは口を開こうとして、言葉が喉の奥で詰まった。

 ボクは何を込めていたのか、今となっては、うまく説明できない。

 ……あの頃のボクは、何を伝えたかったのだろう。

「……みんなへの愛、かな」
「なるほどー!すごいね!やっぱりアイドルだ!」
「ははっ……そうだね。あはは……」

 とりあえず、ありきたりな答えを返してみる。ララミアは素直に感心してくれて、ボクも笑みを浮かべていた。

 けれど、ボクの笑顔は曖昧で、どこか乾いている。心の奥で、何かがぽつりと欠けている気がした。

 本当は、もっと別のものを込めていた──けれど、それを今の自分は言葉にできない。

 あの頃のボクの歌に宿っていたもの。それが何だったのか。

 今はもう、思い出せそうにない。

 ◆◆◆

2025/06/09 追記

 翌日の夜。

 ボクはいつもの練習場所、人通りのない路地裏に足を向けた。

 街灯がぽつりぽつりと薄暗い道を照らし、コンクリートの壁が音を反響させる。ここなら誰にも邪魔されずに、心ゆくまで身体を動かせる。

 アイドル時代は違った。多数のトレーナーに囲まれ、数え切れないほどの感嘆の声と、的確な助言に包まれながら過ごしていた。スタジオには常に人がいて、ボクの一挙手一投足を見守ってくれていた。

 けれど今は、以前のレッスンスタイルに戻る気になれない。最小限のトレーナーさんに助言をいただいた後、一人でのレッスンが増えていく。

「ワン、ツー、スリー、フォー……ワン、ツー、スリー……」

 音楽を流し、ストリート系のビートに身を委ねる。腕を大きく振り上げ、足を踏み鳴らし、全身でリズムを刻んでいく。

 汗が額から頬へと流れ落ち、Tシャツが肌に張り付く。息が荒くなり、心臓が激しく鼓動を打つ。

 ──それでも、胸の奥のモヤモヤは晴れない。

「ハァ……ハァ……!」

 荒い呼吸の合間に、小さくため息をついて膝を抱える。この胸に広がる虚しさは、一体何なのだろうか。

 歌えば、踊れば、満たされると思っていたのに。それで世界を変えてみせたはずなのに、今はもう、満たされることなどない気がしてくる。

「どうして、どうして──どうして?」

 身体を捻り、腰を落とし、床を蹴って跳躍する。汗が宙に舞い散り、髪が激しく揺れる。筋肉が悲鳴を上げても、止まるわけにはいかない。

 このまま踊り続ければ、きっと何かが変わる。そんな期待を抱きながら、足を動かし続ける。

「あっ……!」

 無茶な動きをしたからか、足がもつれて地面に膝をついてしま。その衝撃が、ボクに冷たい現実を思い出させる。

 ボクはもう『破壊の絶傑』ではなく、一介のアイドルなんだ。もう世界を破壊する力も、魅了する力も、失ってしまったんだと。

「クソッ……!もう一回だ……!」

 悪態をつきながら立ち上がり、再び踊り始める。今度はより激しく、より情熱的に。腕を振り回し、足を叩きつけ、全身で音楽と格闘する。

 汗が目に入り、視界がぼやける。それでも止まらない。止まれない。

 それでも、頭を空っぽにしようとしても、何かが脳裏を埋め尽くす。眩しく綺麗な光が浮かんでは消えるのだ。

「……っ!なんで、なんでなんだよっ──!!!」

 全身を大きく振り乱し、全力で叫ぶ。それはまるで、心の中の何かを追い出すような、必死な絶叫。その光を拒絶するように、一心不乱に踊り続ける。

「あの子とボクは……関係ないだろっ──!」

 自分自身を否定するように叫んでみるも、むなしい響きがコンクリートの壁を跳ねて返っただけだった。やっぱり、あの子の存在を、無視することはできない。

「♪〜〜……!」

 ──やがて、口が勝手に動き始めた。

 オリジナル曲の予定なんてない。楽譜も作っていない。なのに、身体の動きと共に、自然と歌詞が溢れ出してくる。

 ≪砕け散った翼じゃ どこへも飛べない──♪≫

「…………っ!」

 あまりに悲観的な歌詞に、動きが止まる。自分でも驚くほど暗い内容に、戸惑いが胸を襲った。立ち止まり、深呼吸をして、最初から歌い直す。

 ≪砕け散った身体に 何が残る──♪≫

「あっ……!?なんで……」

 また同じような歌詞が口をついて出る。困惑しながらも、その旋律に合わせて踊りを組み立てていく。腕を大きく広げ、虚空を掴むような仕草。足を踏み鳴らし、失ったものを探すような動き。

 何度も、何度も始まりに戻る。歌を踊りに、踊りを歌に合わせていく。身体が勝手に反応し、心が勝手に歌詞を紡いでいく。

 拒絶したいのに、どうしても紡いでしまう、暗い歌。その度に、ボクの頭の中には、あの子が居座る。光のように輝く笑みを向けてくる。キラキラと光る瞳に見つめられる。

(なんで……あの子の顔が浮かぶの……!)

 それでも、湧き上がる熱に従うしかない自分を自覚しながら、もがき続ける。汗が床に滴り落ち、息が白く見えるほど激しく呼吸する。

 この歌は何なのか。なぜ今、こんな歌詞が生まれるのか。

 答えは見つからないまま、ボクは夜の路地裏で踊り続けた。星空の下、一人きりで。

 ◆◆◆

 やがて曲と踊りが一つの形を成し始める。断片的だった歌詞とメロディーが、まるで運命に導かれるように組み上がっていく。

 ≪砕け散った誇りの欠片が♪≫

 腕を大きく振り上げ、虚空を掴むような仕草で歌い上げる。足を踏み鳴らし、全身で感情を表現していく。

 ≪ボクの足元に転がってる♪≫

 膝を折り、床に手をついて、失われたものを拾い上げるような動き。汗が頬を伝い落ち、息が荒くなる。

「……っ」

 続くフレーズが胸を締め付ける。けれど、この想いを吐き出さずにはいられない。

 ≪見上げた夜空に輝く星座♪≫
 ≪手を伸ばしても届かない♪≫

 天を仰ぎ、両手を高く掲げる。星空に向かって、切ない想いを込めて歌い上げる。指先を精一杯伸ばしても、何も掴めない虚しさ。その感情が歌声に滲み出る。

 歌は次第に叫び声となり、嘆きとなって夜空に響いた。

 ≪あの光はこんなにも近くにいるのに♪≫

 胸を押さえ、苦しげに身を屈める。近くにいるのに、遠い存在。その矛盾が心を引き裂く。

 ≪触れることさえ許されない距離で♪≫

 手を伸ばしかけて、途中で止める。触れたいのに触れられない、その切なさが全身を震わせる。やがて目から涙が滲み始める。感情が溢れ出し、もう止められない。

 ≪もしもボクがその名前を呼んだなら♪≫

 声が震え、歌詞が途切れそうになる。それでも歌い続けるしかない。ボクはこの気持ちを、どこにも行き場のない想いを、歌わなければいけないと強く思うから。

 ≪きっと全てが崩れ落ちてしまう──♪≫

 最後のフレーズを力の限り歌った瞬間、大きな感情が胸を満たして涙となって溢れ出し、一雫の煌めきを空中に落とす。

「あっ……!ああ……っ!」

 力が抜けて地面に倒れ込む。自然と紡がれた歌詞によって、自分の本心を突きつけられてしまった。

 紡いだ直後だけ、胸の奥で暖かいものが溢れた。けれど、すぐに現実が襲いかかる。

 あの眩しい光との間には、埋めようのない差がある。並び立つ資格なんて、ボクにはない。

「あああああ……!」

 慟哭が夜の静寂を破る。その声は誰にも届かず、ただ虚しく路地裏に響くだけ。コンクリートの壁が冷たく感情を跳ね返し、星空だけが静かにボクを見つめていた。

「あああああ……!!!あああ……あああああああ!!!!」

 涙で濡れた頬に夜風が当たり、ひんやりとした感触が肌を撫でていく。ボクはそのまま地面に横たわり、空を見上げ続けた。

 星たちは何も語らず、ただ美しく瞬いている。

 ◆◆◆

 泣いた跡をメイクで隠し、自宅へと足を向ける。鏡で確認した限りでは、いつもの『リーシェナ』に見えるはずだ。

「ただいま〜……」

 扉を開けると、いつものようにララミアが出迎えてくれた。

「あっ……!え、えっと、おかえり!お風呂、沸いてるよ!」

 彼女の明るい声に頷きながら、ふと違和感を覚える。いつもより少しソワソワしているように見えた。視線が泳いでいるし、手をもじもじと動かしている。

「ありがとう。すぐに入るね」

 風呂で汗を流し、髪を洗いながら、ララミアの様子を思い返す。どんな時でも明るくて、高い演算能力を持つアンドロイド。そんな彼女にしては、珍しく落ち着きがない。

「何かあったのかな……?」

 ボディタオルで身体を洗う間も、シャワーを流しっ放しの間にも。バスタオルで拭きながら服を身に着ける間も、頭はララミアのことでいっぱいに満ちていた。

「はーい。出たよー」
「う、うん!ご飯できてるよー!」

 風呂から上がり、リビングに戻ると、食卓には温かい食事が並んでいた。湯気が立ち上るシチューの香りが鼻をくすぐる。料理もいつも通り見事な出来栄え。問題はないと考えながら、席に座る。

「いただきます」

 スプーンでシチューをすくい、口に運ぼうとした瞬間──

「あっ、熱い!」
「…………っ!ご、ごめんね!」

 思わず舌を出してしまう。予想以上に熱くて、口の中がヒリヒリした。ララミアが慌てたように立ち上がる。

「実はシチューを焦がしちゃって……処分して、作り直したから、熱いまま出しちゃった……」
「あー……。別に気にしないで、冷まして食べれば問題ないから」
「う、うん……。でも、せめて、冷水とか用意すれば良かったかも。ごめんね……」

 しゅんとうつむいてしまう彼女。その落ち込んだ様子があまりにかわいそうだったが、ボクの懸念は拡大していく。

 彼女の謝罪の仕方が、どこか不自然だ。普段のララミアなら、もっと堂々としているはず。今の彼女は、普通の彼女じゃない。

 この慌てぶりは、何か別の理由があるように思える。そして、同居人が抱えているのものがあるのなら、それを知りたいと思った。それを手助けしたいと思った。だから、ボクは──

「ララミア」
「な、なに?」

 スプーンを置き、彼女の顔をじっと見つめる。

「何か隠してない?」
「……っ!!」

 その問いかけに、ララミアの肩がぴくりと跳ねた。彼女の視線はあっちこっちと泳いでいて、それが答えを物語っているように感じられた。

(……やっぱり)

 確信して、ボクは言葉を続けた。なるべく穏やかな口調で。

「言ってみてほしいな」

 ボクはララミアを見つめる。するとララミアは観念したように大きく息をつくと──

「リーシェナの方こそ、隠し事があるんじゃない?」
「……?」

 逆にボクへ問い返してきて、胸がドキリとする。ララミアは神妙な表情になり、小さく息を吐いた。

「実は……さっきのレッスン、覗き見しちゃった」
「えっ」

 心臓が止まりそうになる。まさか見られていたなんて。

「あの歌……メッセージが込められてるよね?歌には何かの気持ちが込められてるって、教えてくれたし」
「それは──……」

 ララミアの指摘に、胸の奥で何かが跳ね上がった。バレてしまった。あの歌詞の意味を、彼女に知られてしまったのかと。

「断片的にしか聞き取れなかったけど、あの曲を聴いたとき、言葉にできない気持ちになったの。胸がキュッとして、辛くなるような、ズーンってなる気持ち」

 断片的にしか聞き取れてないのであれば、問題はなさそうだ──なんて、少し安堵するボクの瞳を、ララミアの瞳が真剣に見つめ続けている。

「もう一度よく聴いて、その時の気持ちを再認識したいの」
「…………」

 沈黙が食卓を支配する。ボクはあの曲の本当の意味を知っている。だからこそ、何も言えない。

 しばらくの静寂の後、ララミアが優しく微笑んだ。

「とりあえず、食べよっか?」

 そして少し間を置いて、小さく付け加える。

「その後……ね?」
「……うん」

 ボクは無言で頷き、冷めかけたシチューをスプーンで口に運んだ。

 味はいつも通り美味しいのに、なぜか喉を通らない気がした。

◆◆◆

2025/06/10 追記

 食事を終えると、二人でソファに並んで座る。

 ボクたちの間に会話はなくて、ただ時計の針だけが静かに時を刻んでいる。

 やがて、ララミアが真剣な表情でボクを見つめてきた。

「それじゃあ、あの歌の続きを聞かせて」

 その言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。でも、彼女の瞳には純粋な好奇心と、何か温かいものが宿っている気がした。

「……分かった」

 深呼吸をして、静かに歌い始める。

 ≪砕け散った誇りの欠片が♪≫
 ≪ボクの足元に転がってる♪≫

 ≪見上げた夜空に輝く星座♪≫
 ≪手を伸ばしても届かない♪≫

 最初の4フレーズを歌い終えると、ララミアが息を呑む音が聞こえた。次の4フレーズを歌う直前、手が震える。

 拒絶されるかもしれない。変な子だと思われるかもしれない。この想いを知られたら、今の関係が壊れてしまうかもしれない。

「……無理だったら、いいよ?」

 でも、目の前にいるララミアを見ると、温かい気持ちが込み上げてくる。

「ううん、歌わせて」

 そんな奔流に背中を押され、残りを歌い続ける。

 ≪あの光はこんなにも近くにいるのに♪≫
 ≪触れることさえ許されない距離で♪≫
 
≪もしもボクがその名前を呼んだなら♪≫
 
≪きっと全てが崩れ落ちてしまう──♪≫

 歌い終わった後、ララミアがどんな表情をしているか恐る恐る顔色を窺う。

 すると、彼女は頬を赤く染め、唇をきゅっと結んでいた。思いもよらない表情に、心臓がトクンと大きく鳴る。

 静寂が部屋を包む。やがて、ララミアがぽつりと口を開いた。

「あの時──私と戦った時のこと、覚えてる?」

 頷くと、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。

「勝てたのは、たぶん、君の歌のおかげ。実はあの歌を聞いてたボクは、すごく高揚して、力がみなぎった気がしたんだ」
「えっ……」

 ボクは目を丸くしてしまう。ララミアは自分の手を見つめ、静かに続ける。

「この現象を解明する為、後から録音を聴いてみたの。でも、同程度の効果は得られなかったんだ。それがずっと不思議だった」
「……?」

 困惑するボクに向かって、ララミアは柔らかな声で伝える。

「でも今、君の歌を目の前で聞いていると……あの時と同じ高揚感がある。いや、それ以上かもしれない」

 恥じらいを含んだ声が、部屋の空気を震わせる。そして顔を上げると、彼女の碧色の双眸がボクを捉えた。

「きっと、歌っている君の、その側にいると……私は、すごく、すごく高揚するんだと思う。それが私の、分析結果」
「…………っ」

 照れ隠しのように、ララミアは小さく肩をすくめた。その仕草を見ているだけで、胸の鼓動がどんどん早くなってくる。

 ボクの中からも、気持ちが止めどなく溢れてくる。その言葉を持つ意味を、分かってしまったから。

 しばしの沈黙が流れる。お互いに顔を見合わせ、どちらからともなく、ふっと笑いが零れた。緊張の糸が切れ、二人の間に温かな空気が流れ込む。

「なんだか、変なの」
「うん、変だね」

 笑い合いながら、ボクは心の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。

 彼女の隣で初めて、素直な自分を見せられたかもしれない。

 ◆◆◆

 やがて、ボクらの間に沈黙が降りてくる。

 笑い声が消えた後、お互いの存在をより強く意識してしまう。視線を合わせようとしても、なぜかおぼつかない。それでも喉の奥に詰まった言の葉を押し出し、絞り出すように呟く。

「……ねぇ」
「……なーに?」
「君のこと、もっと知りたいな」

 ボクの声は、いつもより少しかすれていた。

「……私も、もっとシェナのことを知りたいな」

 ララミアの返事も、普段の明るさとは違う、柔らかな響きを持っている。

 再び沈黙が訪れる。でも今度は、気まずいものではない。

 むしろ、何かが始まりそうな予感に満ちた静寂。目線が合わないのに、お互いの存在がこれほど近くに感じられるなんて。

 ふと、ララミアの指先がソファの上でボクの手に触れた。ほんの一瞬、羽毛が頬を撫でるような軽やかさ。それなのに、その瞬間、電流のような感覚が腕を駆け上がる。

 ボクも恐る恐る、彼女の手首に指を這わせてみる。アンドロイドなのに、なぜこんなに温かいのだろう。ララミアの肩が小さく震えた。

 今度は彼女が、ボクの膝にそっと手を置く。その重みは羽根のように軽いのに、まるで焼き印を押されたかのように熱い。ボクの心臓が早鐘を打ち始める。

 お返しとばかりに、ボクは彼女の肩に手を置いてみる。華奢な肩の線が、手のひらを通して伝わってくる。ララミアが小さく息を呑む音が聞こえた。

 彼女の指が、今度はボクの頬に触れる。頬を撫でるというより、確かめるような、慈しむような触れ方。その優しさに、胸の奥が熱くなる。

 ボクも彼女の頬に手を伸ばす。絹のように滑らかな肌。指先に伝わる微かな温もりに、思わず息が浅くなった。

 こんな小さな触れ合いなのに、全身が火照ってくる。お互いに恥ずかしくて、でも離れたくなくて。もどかしくて、でも急ぎたくない。

 ララミアの手が、今度はボクの手を包み込む。指と指が絡み合い、手のひら同士が重なる。こんなに単純な動作なのに、なぜこんなにも胸が苦しいのだろう。

「シェナ……」

 彼女が小さく名前を呼ぶ。その声には、甘い響きが混じっている。

「ララミア……」

 ボクも彼女の名前を呼び返す。初めて、こんなに愛おしさを込めて。

 やがて、絡み合っていた指先が解かれ、ボクらは見つめ合う。

 部屋にはお互いの息遣いだけが聞こえ、その音すらも甘美な背景音楽のように感じられた。

 ララミアの大きな瞳は潤み、輝いていて、まるで夜空の星を閉じ込めたかのようだ。ボクの目もきっと、同じように潤んでいるのだろう。

 どちらからともなく、顔が近づいていく。何かに引かれるように、無意識のうちに。

 そして、唇は自然に重なった。

 柔らかくて、温かくて、少しだけ甘い。初めての感触に、全身の血が沸騰するような感覚を覚える。

 一瞬の触れ合い。

 それなのに、世界が色鮮やかに変わっていくようで。

 ◆◆◆

2025/06/11 追記


「あっ……!」
「ごめん、つい……っ!」

 はっと我に返り、勢いよく顔を離す。お互いに顔を真っ赤に染め、誤魔化すように笑い合った。

「あ、あはは……びっくりしたね」
「うん、びっくり……した」

 互いに視線を床に落とす。でも、すぐにチラチラと上目遣いに相手の顔を盗み見てしまう。目が合うと、また慌てて視線を逸らす。

 ボクは手持ち無沙汰になって髪をかきあげる仕草をする。一方の彼女は、もじもじとした様子で頬を掻く。

 そんなことを繰り返しながら、胸の高鳴りは一向に収まらない。

 そして、どちらからともなく、もう一度顔が近づいた。今度は少し角度をつけながら、優しく口づける。

「ん……っ」
「んん……っ」

 先ほどよりも長く、お互いのぬくもりを確かめ合うように唇を交わす。鼓動が加速していく。体中を駆け巡る血が沸き立つ。

 さっきよりも深く、長く、お互いを求めるように。何度も何度も角度を変え、貪るように重ね合わせる。

「ぷはっ……!あ……っ!」
「ん、く……っ!……んんっ……!」

 離れて、また求めて、また離れてを繰り返し、その度に漏れる吐息は熱く甘い。もつれ合う口付けの合間に、蕩けるように見つめああう。

「はぁ、はぁ……っ」
「ふぅ、ふう……っ」

 やがて、ゆっくりと唇を離し、お互いを確認するように見つめ合う。二人とも肩で息をしていて、熱っぽく潤んだ瞳が相手を見据える。

「なんか……ドキドキしちゃうね」
「そうだね……すごくドキドキした……」

 この胸の高鳴りと、燃えるような想いは、間違いなく本物だと感じられた。

 もっとドキドキしてみたい。もっと知りたい。もっと、行けるところまで行きたい。そう考えたボクは──

「あ、あーっ!な、なんか〜暑くなってきちゃったな〜?」
「……?」

 わざとらしく、自分の胸元を手でパタパタと仰ぎながら言った。ララミアは不思議そうに首を傾げる。

「えっ、どうしたの……?部屋の温度は適温で──」
「そ、そう!そう!そうだけど〜!なんか、汗かいちゃったよね〜?」
「うん……?」

 彼女が言い終わらないうちに、話題を打ち切った。それはある意味で作り話。けれど、身体が火照ってしょうがないというのは本当。

「ね、ねぇ、もっと、『薄着』になっちゃ駄目かな!?」
「……あっ!」

 精一杯の勇気を振り絞って伝えたボクの言葉と、片手が自分自身の服の裾をぎゅっと掴んでいるのに気がつくと、ララミアはぱっと両手を口に当てて小さな悲鳴を上げる。ようやく気が付いてくれたみたい。

「そ、そうだね〜?わ、私も暑い、かな〜?」
「あはは、そ、そうだよねぇ〜。あはは……」

 彼女もまた、わざとらしく自分の服の裾を掴みながら答える。その仕草が可愛らしくて、愛おしくて、たまらない。

 部屋の温度が、上昇しているのを感じる。

 それはきっと、ボクたちのせいだ。

 ◆◆◆

 布が擦れて落ちる音が部屋に何度も響いた。

 部屋の隅には小さな布の隆起が形成されている。

「ねえ、シェナ」
「うん」

 ボクたちはベッドで身を寄せ合っていた。ララミアの声は吐息のように甘く、ボクの耳をくすぐる。彼女の白い肌は汗でキラキラと輝いて、まるで真珠のようだ。

「本当に、あついね……」
「うん。あつい……」

 ボクも囁くように答えると、彼女の指先がボクの首筋をそっと撫でた。ぞくりとするような快感が背筋を駆け上がる。

 部屋の中は、二人分の体温と、甘い香りで満たされていく。じっとりとした湿度が肌に纏わりつくようだ。

「シェナの肌……すべすべ……」

 彼女の手のひらが、ボクの肩から腕へとゆっくりと滑り落ちる。その感触があまりにも心地よくて、思わず目を閉じてしまう。

「ララミアだって……まるでシルクみたい……触ってると、溶けちゃいそう……」
「えへへ、ありがと……」

 ボクの手もまた、彼女の滑らかな背中を確かめるように彷徨う。華奢な肩甲骨のラインが、指先に愛おしい。汗ばんだ肌同士が触れ合うたびに、小さな火花が散るような感覚。

「んっ……シェナ、もっとぉ……んっ」

 ララミアが甘えたような声を出す。その声に煽られるように、ボクは彼女の唇を再び求めた。今度はもっと深く、もっと貪欲に。お互いの唾液が混ざり合い、熱い息が絡み合う。

「ぷはっ……こんな気持ち、初めて……」
「私も……なんだか、胸がいっぱいで……壊れちゃいそう……」

 彼女の瞳は熱っぽく潤み、ボクを映している。その瞳に見つめられると、何もかも曝け出してしまいたくなる。

「大丈夫……ボクが受け止めてあげるから……全部……」
「うん、ありがと」

 どちらからともなく、肌と肌が触れ合う面積が増えていく。汗で湿った髪が頬に張り付き、相手の鼓動が自分のことのように伝わってくる。

「ねえ……ここ……ドキドキしてるね……」
「君のもだよ……ララミア……同じくらい……」

 ララミアがボクの胸にそっと耳を当てる。触れ合う肌の熱さ、絡み合う指の強さ、重なる吐息の甘さ。言葉はもう必要なかった。

 ただ、お互いの存在を確かめ合うように、何度も何度も唇を重ね、肌を寄せ合う。

 窓の外の星明かりだけが、静かにボクたちを照らしていた。

 ◆◆◆

2025/06/12 追記


 熱に浮かされたような時間が続く中、ララミアの指先が、ボクの身体の、より敏感な場所へと滑り込んできた。

 それはまるで、禁断の果実に触れるかのような、ためらいと好奇心が入り混じった手つき。

「んぅっ……!」

 予期せぬ刺激に、思わず甲高い声が漏れてしまう。自分一人で慰めていた時とは比べ物にならないほどの鋭い快感が、脳天を貫く。指がゆっくりと、内側をなぞるように動くたび、身体がビクンと跳ねる。

「シェナってここ、弱いんだね〜?」
「っ……うるさい……っ……!」

 ララミアが耳元で囁きながら、意地悪くニヤリと笑う。その小悪魔的な表情に、悔しさと同時に、もっと求めたいという欲望が湧き上がってくる。

 負けじとボクも、彼女の身体の秘密の場所へと指を伸ばす。少し湿り気を帯びたそこは、驚くほど柔らかく、そして熱い。

「キミのここだって……すごくよく作り込まれてるね?まるで本物みたい……」
「ひゃん……!シェ、シェナの、えっち……!」

 ボクが指先で優しく、花弁をなぞるように触れると、ララミアの肩が小さく震えた。

 彼女の声は上擦り、顔は真っ赤になっている。その反応が可愛らしくて、もっと意地悪したくなってしまう。

「お互い様でしょ?ほら、もっとしてあげる……」
「ひゃぅっ!」

 ボクは指を一本、そっと彼女の内側へと滑り込ませると、ララミアは短い悲鳴を上げた。きつく締まる内壁が、ボクの指を歓迎するように脈打っている。

「どう?気持ちいい……?」
「んんっ……シェナの指……あったかくて……変な感じ……っ」
「それならよかっ──んっ……!」

 ララミアも負けじと、ボクの敏感な一点を指先で優しくこする。まるで琴の弦を弾くように、繊細に、そして的確に。そのたびに、甘い痺れが身体中に広がっていく。

「ああっ、あっ……!やぁぁ〜……!」
「ふふっ、かわいいよ」

 二人分の吐息と、くぐもった嬌声が部屋に満ちる。汗ばんだ肌が擦れ合い、指先が互いの最も柔らかな場所を探り合う。

 最初はためらいがちだった指の動きも、次第に大胆になり、お互いの快感の在り処を確かめ合うように、深く、そして優しく蠢いていく。トントンと、グニグニと、柔肉を揺らし、刺激し合っていく。

「あぁっ、やぁっ、ああっ!」
「はっ……はげ、しぃよぉっ……シェ、ナぁ……」

 ボクは指先を折り曲げて、彼女の弱い部分を強く押し込んだ。ララミアも同じようにボクの中を擦ってくる。

「もっと、ララミア……!もっと、奥まで……!」
「シェナも……もっと、強く……!」

 言葉と指先が、互いの欲望をさらに掻き立てていく。もう、どちらがリードしているのか分からなくなってきた。ボクたちの行為はより激しいものへ変わっていき、お腹の中を抉られるたびに、身体はビクビクと跳ね上がる。

 ただ、この燃えるような快感に身を任せ、二人でどこまでも堕ちていきたい──そんな衝動だけが、ボクたちを支配していた。

「あっ……!あ、そこっ、やぁっ!」

 ララミアの呼吸がだんだんと荒くなり、瞳が虚ろに細められていく。その様子を、ボクは見逃さない。

「そんなに気持ちいいの?ララミア」
「そ、それは……」

 意地悪く囁きながら、指をさらに深く、激しく動かす。彼女の内側は熱く脈打ち、ボクの指を強く締め付けてくる。

「あ……っ!待って……シェナ……もう、だめ……っ」
「ダメじゃないよ」

 ララミアが涙目で懇願する。その姿が、ボクの心臓を激しく掻き立てる。

「見ないで……お願い……っ。私のこと、見ないで……!」
「見ているよ」

 でも、その懇願を聞き入れるつもりはない。ボクの瞳で、悶える彼女の姿をしっかりと焼き付けたい。彼女の快楽に歪む表情を、独り占めしたい。

「大丈夫。ボクはちゃんと見てるから。ララミアが、ボクのせいでどうなるのか……」
「ひあああっ……!」

 指の速度をさらに上げると、ララミアの身体がビクンと大きく跳ねた。白い肌が紅潮し、口元からは甘い吐息が漏れる。

「んっ……あ……ああああああっ……!」

 ついに、彼女は絶頂を迎えた。全身を痙攣させ、意識を手放したように、ボクの胸に縋り付いてくる。その可愛らしい姿が、ボクをさらに昂らせる。

「ふふっ、どう?気持ちよかった?」
「……っ」

 彼女の耳元で囁くと、ララミアは顔を赤く染めたまま、むっとして顔を上げた。

「むぅ〜……チューしながらなら、ぜったい負けないもん……!」
「それって……んんっ……!」

 そう言うと、彼女は身を乗り出し、ボクの唇を奪った。

 どうやらボクは、キスが弱点だったらしい。弱点を自覚するより先に、彼女の舌がボクの中を蹂躙していく。

 今度のララミアの唇は、熱くて、甘くて、どこか挑発的だ。彼女の舌が、ボクの口内を侵略してくる。普段の無邪気さとは打って変わった、積極的なキスに、頭がクラクラする。

 それと同時に、ララミアの指が、ボクの秘かに触れてくる。さっきまでとは違う、ねっとりとした感触が、全身を駆け巡る。脳が痺れ、思考が停止していく。

「んんっ!んん、ん、んん〜……っ!」
「ん〜……」

 唇を離そうとしても、ララミアは決して離してくれない。首に回された腕が、逃げることを許さない。彼女の舌は執拗に絡みつき、ボクの意識を奪っていく。

「あっ……だめ!ララミア、もう……あっ」

 でも、彼女は容赦しない。熱い口づけと、巧みな指の動きで、ボクを快楽の淵へと突き落とす。

「ああああああっ……!」

 そして、ついにボクも、ララミアと同じように絶頂を迎えた。身体が大きく波打ち、視界に星が散る。頭の先からつま先まで、快楽が満ち溢れている。世界が白く染まるほど、彼女に与えられた刺激が強烈だった。

 意識が朦朧とする中、ララミアが何か目掛けて舌を伸ばす。それは、ボクの口から溢れた甘い雫。彼女はそれを舌で掬い取り、満足そうに微笑む。

「ふふっ。おあいこ、だね?」
「うぅ〜……」

 彼女はいたずらっぽくウインクをした。その顔を見ていると、なんだか敗北したような気持ちになったが、それと同時に、言い知れない幸福感に包まれていく。

 熱い夜は、まだ終わらない。

 ◆◆◆

2025/06/13 追記


 女の子同士でどうやって愛し合うのかは──知識としての範囲だけど──もちろん知っていた。

 こうすれば気持ちいいとか、ああすればもっと感じるとか、そんなセオリーや噂話も、どこかで耳にしたことはあった。

 でも、今、ボクたちがしていることは、そんなセオリー通りのものとは全く違う。

「ねえ、シェナ……もっと……もっと、くっついていたい……」
「ボクもだよ、ララミア……こんなの、初めて……」

 ララミアが甘えた声でボクの首筋に顔を埋める。その言葉に応えるように、ボクは彼女の華奢な身体を強く抱きしめた。汗ばんだ肌と肌が密着し、お互いの体温が溶け合っていくようだ。

「足りないよぉ……もっと、くっつきたいの……シェナのこと、ぎゅっとしたいよぅ……」
「ボクだって……。ほら、もっとくっつこう?」

 一心不乱に相手を求め、求められ、ただひたすらに身体を擦り付け合う。汗ばんだ身体を擦り付け合うだけで、どうしてこんなに幸せな気持ちになるのか。それを言葉にすることは難しくて。

 どちらからともなく、相手の身体のまだ触れていない場所を探し、指でなぞり、時には舌を這わせる。熱い吐息が絡み合い、言葉にならない声が漏れる。

 ララミアの足がボクの足に絡みついてくる。その細い足を太ももで挟み込むと、彼女は「ひゃんっ」と可愛らしい声を上げた。

「シェナの足……あったかくて、ドキドキする……」
「ララミアの足もだよ……細くて、すべすべで……ずっと触っていたい……」

 こんな滅茶苦茶な行為が、どうしてこんなにも至極の喜びを齎してくれるのだろう。

 理屈なんて、もうどうでもいい。ただ、この瞬間の、焼け付くような熱さと、胸を満たす幸福感だけが全てだ。

 ララミアの指が、ボクの髪を優しく梳く。その指先が耳朶に触れると、背筋に甘い痺れが走った。

「シェナの髪……いい匂いがする……」
「ララミアこそ……なんだか、お日様みたいな匂いがする……安心する匂い……」

 お互いの匂いを確かめ合うように、深く息を吸い込む。それは、どんな香水よりも官能的で、心を落ち着かせてくれる香り。

「ねえ、シェナ……私たち、どうなっちゃうのかな……?」
「どうもしないよ……ただ、こうして一緒にいるだけ……それが一番、幸せだから……」

 ボクは彼女の額に優しくキスを落とす。セオリーなんて関係ない。これがボクたちの愛の形。お互いを求め合い、与え合い、そして溶け合っていく。

 そんな不器用で、でも純粋な行為が、夜が更けるのも忘れるほど、ボクたちを満たし続けていた。

 言葉よりも雄弁に、肌と肌の触れ合いが、愛を語り合っていた。

◆◆◆

2025/06/14 追記


 粘度の高い湿った音と、荒い息遣い。窓から差し込む月の光が、絡み合うボクたちを静かに照らし出している。

「んっ……!ララミア、そこだめ……っ!」
「シェナ……こんな、やぁっ……!見ないで……!」

 お互いの身体が自然と一番気持ちいい絡み方を見つけ出し、導かれるように何度も何度も交わり合う。

 どちらが上とか下とか、そんなことは関係ない。ただ、お互いの存在を確かめ合うように、深く、そして優しく繋がり続ける。

「ああぁぁ〜……もうダメ、ボク……また……っ!」
「私も……シェナにぃ、何度も……っ!」

 ララミアのしなやかな身体がボクの身体にぴったりと重なり、まるで一つの生き物になったかのようだ。彼女の髪がボクの頬をくすぐり、甘い香りが鼻腔を刺激する。ボクの手は彼女の腰を支え、彼女の脚はボクの腰にしっかりと絡みついている。

「シェナ……好き……大好き……っ」
「ララミア……愛してる……っ」

 吐息混じりのララミアの声が、耳元で囁かれる。息を切らせながら、ボクも同じ言葉を返す。言葉とキスが交互に繰り返され、そのたびにお互いの体温が上昇していく。

「ねえ、シェナ……なんだか、すごいね……こんなの、初めて……」
「うん……ボクも……こんなに、誰かと一つになれるなんて……思わなかった……」

 互いの瞳を見つめ合う。そこには、情熱と、信頼と、そして深い愛情が溢れている。汗で濡れた肌が擦れ合い、快感の波が何度も何度も押し寄せてくる。

「もうダメぇ……落ちちゃうぅぅ……」

 ララミアが苦しそうな、でも幸せそうな声を出す。

「でも、一緒なら……怖くないでしょ……?」
「……うん、一緒がいい!」

 ボクがそう言うと、彼女はこくりと頷いた。その言葉を合図に、ボクたちは最後の力を振り絞るようにお互いを求め合った。

 身体をこれ以上ないほど密着させる。鼓動さえ共有しているのではと思うほど近くに、彼女の存在が感じられる。

 指を早め、ララミアの敏感な所の特別柔らかい場所を、的確に探り当てる。彼女の指もボクの一番弱い部分に到達していた。くにくに、グリグリと触れていく。

「ララミア……!ララミアぁ……!」
「シェナ……!シェナぁ……!」

 そして、まるで示し合わせたかのように、同時に絶頂の瞬間を迎える。

「「あぁぁぁぁあああ〜!!」」

 二人分の声が重なり合い、部屋中に響き渡る。全身の力が抜け、思考が真っ白になる。ただ、ララミアの温もりだけが、確かにそこにある

「はあぁぁぁぁ……ああ……」
「あ、あ、ああああぁぁぁぁ〜……っ」

 しばらくの間、二人とも息を整えるのに必死だった。でも、その間も、お互いの身体は離れようとしない。むしろ、愛おしそうに身体を捩り合わせ、少しでも多くの面積で触れ合おうとしている。

「シェナ……」
「ララミア……」

 名前を呼び合うだけで、胸がいっぱいになる。

 こんなにも誰かを愛おしいと思ったことはない。

 こんなにも満たされた気持ちになったことはない。

 窓の外は、もう白み始めているのかもしれない。でも、ボクたちの夜は、まだ始まったばかりのような気がした。この温もりを、この幸せを、永遠に感じていたい。

 そう、心から願った。

2025/06/15 追記


 濃厚な時間が過ぎ去り、部屋には穏やかな空気が流れていた。

 ボクらの荒い息遣いもようやく落ち着き、互いの温もりを確かめ合うように寄り添っている。

「あはは、すごかったね〜……」
「……そうだね」

 ララミアの少し照れたような、でも満足げな声での言葉に、ボクは頷いた。言葉にできないほどの感情が、まだ胸の中で渦巻いている。

 自分はした。してしまった。でも、後悔はしていない。……ちょっとだけ、恥ずかしくはあるけれど。

 ふと、あることを思い出し、ボクは口を開く。

「ねえ、ララミア」
「なーに?」
「あの歌のサビ、実はさっき……完成したんだ」
「えっ、本当!?」

 ララミアがぱっと顔を輝かせ、身を乗り出してくる。その期待に満ちた瞳に見つめられると、少し恥ずかしくなる。でも、今なら歌える気がした。

「……いくよ?」
「うん、いいよ」

 ボクは小さく息を吸い、ララミアの目を見つめながら、ゆっくりと歌い始める。

 ≪ボクを呼んでくれるなら♪≫
 ≪この想いは揺るがないから♪≫
 ≪君と未来を紡いでいきたい♪≫
 ≪ずっとずっと離さないで♪≫

 ≪君の輝きがボクの全て♪≫
 ≪ただ隣で微笑んでいて♪≫
 ≪君に誓うよ、何度でも♪≫
 ≪どうか永遠に側にいて♪≫

 ≪世界は進むよ、キミと共に──♪≫

 それは、紛れもない愛の告白。今、この瞬間のボクの全ての気持ちを込めた歌。歌い終わると、顔がカッと熱くなるのを感じた。

「ど、どうかな……?」

 恐る恐るララミアの反応を伺う。照れてしまうのか、涙を浮かべてしまうのか。そんな彼女の姿を想像していたが──

「うーん……なんか違う、かな?」
「は、はぁっ!?」

 予想外の返事に、素っ頓狂な声が出てしまう。動揺を隠せないボクに、ララミアは慌てて言葉を続ける。

「あ、いや、すごく素敵な歌詞だよ!ちゃんと、愛の告白だって分かったし……。でもね、なんていうかシェナっぽくないっていうか……」
「ボクっぽくない……?」

 ボクが聞き返すと、ララミアは首肯して続ける。

「ふんわりとしたイメージだけどね、あの時のシェナはね、もっとこう……キラキラしてて、すごく偉そうで、でも見てるだけで元気が出てくるような……。うーん、上手く言えないけど……」
「…………あっ」

 ララミアのぼんやりとした感想。でも、その言葉の中に、ボクはずっと見失っていた何かを見つけたような気がした。

「そっか、分かったかもしれない」

 そうだ。今のボクに足りなかったもの。それは、かつてのボクが持っていた、あの圧倒的なまでの────。

 ボクは小さく呟き、頭の中で歌詞を修正してみる。さっきの言葉を全て否定するわけではないけれど、あの頃のボクなら、こう言うはずだ。

「ねえ、ララミア。もう一回、聞いてくれる?」
「うん、いいよ!」

 そして、修正したサビを歌う。今度は、もっと胸を張って、自信を持って。

「♪〜〜……!!」

 歌い終わると、ララミアは満面の笑みで、嬉しそうに何度も頷いた。

「うん!これだよ!これこそ、シェナの歌だよ!」
「えへへ、そう?」

 その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。

「こんなボクで……いいかな?」

 少し不安げに問いかけると、ララミアはボクの頬に優しくキスを落とした。

「うん。そんな君が、大好きだよ」
「……ありがとう」

 その言葉が、何よりも嬉しい答えだった。失いかけていた自信が、少しずつ戻ってくるのを感じる。

 夜明けの光が、窓から差し込み始めていた。

 まるで、新しいボクたちの始まりを告げているように。

◆◆◆
 

2025/06/16 追記


 あの夜があった数週間後。薄暗いライブステージの袖。

 スポットライトの熱気と、開演を待つ観客たちのざわめきが、壁越しに伝わってくる。

「──さて、準備はよろしいですか、リーシェナさん」
「うん。バッチリだよ」

 ボクは深呼吸を繰り返し、マネージャーと最終確認を行っていた。

「衣装もメイクも完璧。あとは、あなたの歌声だけですね。どのような進化を遂げたのか、楽しみです」

 マネージャーの問いかけに、ボクは力強く頷く。その声には、いつもの淡々とした響きの中に、微かな好奇の色が混じっているように感じられた。

 彼女はいつものように冷静沈着だけど、その瞳の奥には確かな信頼と期待が宿っている。それがボクにとって、力になる。

「そういえば……『あの子』も、呼んだよね?」

 ふと気になって尋ねると、マネージャーはふふ、と小さく笑みを漏らした。

「勿論です。最前列の、一番見やすい席を確保しましたよ。彼女もきっと、あなたの新しい輝きを待っているでしょう」
「流石だね。ありがとう」

 その言葉に、心が少しだけ浮き立つ。ララミアが、見ていてくれる。それだけで、勇気が湧いてくる。

「……それと、今までごめんね。色々と、燻っちゃってて」

 ずっと胸の中にあった謝罪の言葉を口にする。敗北してからずっと、どこか投げやりで、本気になれない自分がいた。マネージャーにも、きっとたくさん心配かけた。

「気にする必要はありませんよ。誰にだって、そういう揺らぎの時期はあるものです。むしろ、その過程があったからこそ、今のあなたがいる」
「そっか……。そう言ってくれると、嬉しい」

 マネージャーに背中を押されたことを実感する。ボクの歌に、期待がかかる。でもそれはもう、重圧ではなく、純粋な使命感となっていた。

「それに、今のあなたは最高に輝いている。どこまで素晴らしいステージになるか、私にはわからない。わからないから楽しい、愉快。あぁ……とても良いこと、愛いこと……」
「ははっ。愛いこと、ね」

 マネージャーの言葉は、時折こうして不思議な響きを帯びる。でも、今のボクにはその言葉が素直に力になった。

 ……もしかしたら、彼女は心配というより、ボクがどう変化していくのかを観察していたのかもしれないけど。

「よし、じゃあ行ってくるよ」

 力強く頷き、ステージへと続く階段に足をかける。

「いってきます」

 振り返り、マネージャーにそう告げると、彼女は目を細めながら、小さく手を振ってくれた。

「ええ、いってらっしゃい」

 その言葉を胸に、ボクは一歩、また一歩とステージ中央へと進んでいく。眩いスポットライトが、ボクを照らし出す。

 会場を埋め尽くす観客たちの熱気が、肌で感じられた。そして、最前列のララミアと、確かに目が合った。彼女は、満面の笑みでボクに手を振っている。

 大丈夫。今のボクなら、最高の歌を届けられる。

 マイクを握る手に、力がこもった。

 ◆◆◆

 静寂を切り裂くように、イントロが鳴り響く。

 重低音が腹に響き、鼓動を加速させる。スポットライトが乱反射し、ステージ上は幻想的な光に包まれる。観客たちの期待感が、肌を刺すように感じられた。

 マイクを握りしめ、ゆっくりと口を開く。

 ≪──砕け散った誇りの欠片が♪≫

 最初のフレーズは、まるで独白のように、そしてクールに歌い始める。失ったもの、届かないものへの渇望、そして心の奥底に隠された痛み。

 ≪ボクの足元に転がってる♪≫
 ≪見上げた夜空に描かれた星座♪≫
 ≪手を伸ばしても届かない♪≫

 ステージをゆっくりと歩きながら、観客一人ひとりの顔を見つめる。彼らの瞳には、期待、興奮、そして希望が宿っている。

 ≪涙が頬を伝い落ちて行く♪≫
 ≪この痛みが胸を締めつける──それでも♪≫

 その光に応えるように、少しずつ感情を込めていく。

 ≪それでも心の奥で叫んだ♪≫
 ≪『もう一度、光を掴みたい』と!≫

 サビ前のフレーズが終わると同時に、照明が激しく明滅する。高揚感が高まり、観客たちのボルテージが上がっていくのがわかる。そして、ついにサビが始まる。

 ≪さあ立ち上がれ!『傲慢』なボクよ!≫

 歌い方を変え、力強く、そして情熱的に叫ぶように歌う。それまでの鬱屈とした感情を全て解き放つように、全身全霊で歌い上げる。

 ≪どんな試練が待っていても♪≫
 ≪負けはしない 恐れはしない♪≫
 ≪諦めることなど出来はしない!≫

 腕を高く掲げ、ステージを駆け回る。観客たちの歓声が、まるで炎のようにボクを包み込む。熱気が肌を焼き、アドレナリンが全身を駆け巡る。

 ≪今度はボクの番だから!≫
 ≪その美しい星を落としてみせる♪≫
 ≪追いついて 追い越して♪≫
 ≪君と輝くその日まで!≫

 あの子への宣戦布告。そして、彼女と共に輝きたいという、切なる願い。その想いを歌に乗せ、力強く叫ぶ。

 ≪世界は進むよ、キミと共に!≫

 最後のフレーズを歌い終えると同時に、ステージ全体が眩い光に包まれた。観客たちの歓声と拍手が、嵐のように降り注ぐ。

 最高の歌を、届けられた。そう確信できる、瞬間だった。

◆◆◆

2025/06/17 追記


「はぁぁぁ……つかれたぁぁぁ……」

 楽屋に戻ったボクは、机に突っ伏していた。久々のオリジナル曲に加えて有観客のステージに、緊張と疲労が一気に押し寄せてくる。

「はぁ、こんなに緊張するなんて、鈍っちゃったなぁ……。さっさと感覚、取り戻してかないとね……」

 それでも、心地よい疲れだった。自分の手を見つめると、まだ小刻みに震えている。恐怖や恐れではない。高揚と期待の震え。

 かつて感じていた、あの全能感に似た何かが、再び心の奥で蘇り始めているのを感じる。そっと手を握りしめ、その感覚を確かめた。

 コンコン、と楽屋のドアがノックされる。

「どうぞー」

 気だるげに答えると、マネージャーが顔を覗かせた。

「お疲れさまです。素晴らしいステージでした」

 彼女の労いの言葉に、ボクは椅子に背中を預けながら答える。

「ありがとう。なんだか、久しぶりに本気で歌えた気がするよ」
「そうでしょうね。あなたの中で何かが進化したのが、ここからでもよく見えました」

 マネージャーの言葉には、いつもの冷静な響きと共に、僅かながら嬉々とした感情が滲んでいるような気がした。

「あ、そういえば、あの子ってどこにいる?」
「あの方でしたら、もうすぐですよ。ふふ、楽しみですね。どんな反応を見せてくれるのか──」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、楽屋のドアが勢いよく開かれた。

「シェナ〜!」
「ララミア!」

 ララミアが部屋に飛び込んできて、そのままボクに抱きついてくる。その勢いに、椅子ごと後ろに倒れそうになった。

「すっごかったよ!もう、ゾクゾクって感じが止まらなくて、全身に電流が流れるみたいで……!!!」

 彼女は目をキラキラと輝かせながら、興奮冷めやらぬ様子で感想を述べてくる。

「アイドルのステージって初めて見たんだけど!あんなにたくさんの人がいて、みんなが熱くなって……!その中心でシェナが歌って踊ってるのを見てたら、なんだかドキドキが止まらなくて!」

 彼女の純粋な感動が、ボクの心にも温かく響く。ステージで感じていた高揚感が、また蘇ってきた。

「シェナって、やっぱりすごいんだね!みんなを魅了して、会場全体を自分の世界に変えちゃうんだもん!!本当にすごいよ!」
「ふふ、ありがと」

 ボクを強く抱き締めたまま、早口でまくしたてるララミアの言葉一つひとつに耳を傾ける。その声には、彼女の純粋な敬愛の情が滲んでいた。

「まあ、まだまだ鈍っちゃってるから、本調子には戻れてないんだけどね〜」
「えーっ、嘘ぉ〜!?これで鈍っちゃってて、これ以上すごいなんてこと……ありそう!だってシェナだもんね〜!」

 そう言いながら、ララミアはボクにぎゅーっとしがみついてきた。それは、いつもよりちょっとだけ強い力で。

「そう、そうだよ!ボクは凄いんだ!」

 その言葉に、少しだけ胸を張る。久しぶりに見せた、ボクの『傲慢さ』だった。

「……もう、ボクから目を逸らせないよね?」

 少し意地悪く問いかけると、ララミアは迷いなく、明るく首肯する。

「うん!絶対に!シェナの歌声、シェナの踊り、シェナの全部が大好きだから!」
「……うん!ありがとう……!ありがとう……っ!!」

 その真っ直ぐな言葉に、胸が熱くなる。失いかけていたものが、確実に戻ってきているのを感じた。ララミアがいてくれるなら、ボクはまた輝けるかもしれない。

 ──やがて、ララミアはボクの腕の中から顔を上げ、いたずらっぽく微笑んだ。

「……それじゃ、今度は私の番だね!」
「うん?」

 その言葉に、ボクは首を傾げる。ララミアは少し照れながら、でもどこか誇らしげに続けた。

「実はね、私もアイドルを目指すことにしたんだ!」
「えっ……!?アイドル?ララミアが?」
「うん!」

 ララミアがアイドル。その告白に、思わず目を見開いてしまった。

「さっき、あなたのマネージャーさんに言ってみたら、『それでは、あなたもマネージメントいたします』って言ってくれたんだよ!」
「……はぁ!?ちょっと、マネージャー!?どういうこと!?」

 ララミアの無邪気な笑顔に、一瞬だけ呆気に取られる。すぐに振り返ってマネージャーを薄情者と罵ろうとしたが、気づけば彼女の姿は部屋から消えていた。

「はぁ……あの人、逃げ足も速いんだから」
「あはははっ!」

 ため息をつくと、ララミアはケラケラと楽しそうに笑い出す。その明るい笑い声に、思わずボクも吹き出してしまう。

 そして、ボクらは自然と見つめ合った。瞳の奥に、これからの未来への期待と、競い合う覚悟が灯っている。

「これからも、一緒に戦っていこうね。シェナ」
「もちろん。……負けないけどね?」

 彼女の挑戦的に微笑みに、ボクも負けじと宣言する。

「滅びの速度は君より速い!」
「あなたの魅力も、追い抜いちゃうから!」

「……ぷっ」
「……ぷふふっ」

「「あははははっ!!」」

 二人の声が重なり合い、楽屋に響き渡る。こんな風に笑ったのは久々だ。胸がくすぐられるように温かい。

 競い合い、支え合い、そして愛し合う。そんな未来が、今この瞬間から始まる。

 世界は進むよ。キミと共に。

[おわり]

読む必要の無いあとがき

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このページへのコメント

ビヨンドからきますた。
力作やん

1
Posted by 名無し(ID:K3/Kqg7zjQ) 2025年06月28日(土) 00:06:39 返信

ほぼ公式と化していて草

16
Posted by 名無し(ID:Fcxc8ozc/g) 2025年06月19日(木) 02:14:18 返信

ビヨンドのララミアのフレテキ見た
これもう半分公式だろ…

40
Posted by 名無し(ID:LgnXOCvAqQ) 2025年06月16日(月) 20:08:00 返信

ビヨで特殊演出にこれ追加しようよ

7
Posted by 名無し(ID:oPFlYpFmog) 2025年06月11日(水) 14:53:00 返信

いいねですねぇ、これは。すごくいいと思います。はい。

6
Posted by 名無し(ID:5tzx7N7Suw) 2025年06月11日(水) 10:34:15 返信

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