※この記事はシャドバの二次創作SSです。デッキ記事でもなければ、攻略記事でもありません。
SSを知らないor妄想を含んだSSが苦手な方はブラウザバック推奨です
※一部性的な描写が含まれます。18歳未満の人は読まないようにしてください。
※完結済み
「あっ……!」
「ごめん、つい……っ!」
はっと我に返り、勢いよく顔を離す。お互いに顔を真っ赤に染め、誤魔化すように笑い合った。
「あ、あはは……びっくりしたね」
「うん、びっくり……した」
互いに視線を床に落とす。でも、すぐにチラチラと上目遣いに相手の顔を盗み見てしまう。目が合うと、また慌てて視線を逸らす。
ボクは手持ち無沙汰になって髪をかきあげる仕草をする。一方の彼女は、もじもじとした様子で頬を掻く。
そんなことを繰り返しながら、胸の高鳴りは一向に収まらない。
そして、どちらからともなく、もう一度顔が近づいた。今度は少し角度をつけながら、優しく口づける。
「ん……っ」
「んん……っ」
先ほどよりも長く、お互いのぬくもりを確かめ合うように唇を交わす。鼓動が加速していく。体中を駆け巡る血が沸き立つ。
さっきよりも深く、長く、お互いを求めるように。何度も何度も角度を変え、貪るように重ね合わせる。
「ぷはっ……!あ……っ!」
「ん、く……っ!……んんっ……!」
離れて、また求めて、また離れてを繰り返し、その度に漏れる吐息は熱く甘い。もつれ合う口付けの合間に、蕩けるように見つめああう。
「はぁ、はぁ……っ」
「ふぅ、ふう……っ」
やがて、ゆっくりと唇を離し、お互いを確認するように見つめ合う。二人とも肩で息をしていて、熱っぽく潤んだ瞳が相手を見据える。
「なんか……ドキドキしちゃうね」
「そうだね……すごくドキドキした……」
この胸の高鳴りと、燃えるような想いは、間違いなく本物だと感じられた。
もっとドキドキしてみたい。もっと知りたい。もっと、行けるところまで行きたい。そう考えたボクは──
「あ、あーっ!な、なんか〜暑くなってきちゃったな〜?」
「……?」
わざとらしく、自分の胸元を手でパタパタと仰ぎながら言った。ララミアは不思議そうに首を傾げる。
「えっ、どうしたの……?部屋の温度は適温で──」
「そ、そう!そう!そうだけど〜!なんか、汗かいちゃったよね〜?」
「うん……?」
彼女が言い終わらないうちに、話題を打ち切った。それはある意味で作り話。けれど、身体が火照ってしょうがないというのは本当。
「ね、ねぇ、もっと、『薄着』になっちゃ駄目かな!?」
「……あっ!」
精一杯の勇気を振り絞って伝えたボクの言葉と、片手が自分自身の服の裾をぎゅっと掴んでいるのに気がつくと、ララミアはぱっと両手を口に当てて小さな悲鳴を上げる。ようやく気が付いてくれたみたい。
「そ、そうだね〜?わ、私も暑い、かな〜?」
「あはは、そ、そうだよねぇ〜。あはは……」
彼女もまた、わざとらしく自分の服の裾を掴みながら答える。その仕草が可愛らしくて、愛おしくて、たまらない。
部屋の温度が、上昇しているのを感じる。
それはきっと、ボクたちのせいだ。
◆◆◆
布が擦れて落ちる音が部屋に何度も響いた。
部屋の隅には小さな布の隆起が形成されている。
「ねえ、シェナ」
「うん」
ボクたちはベッドで身を寄せ合っていた。ララミアの声は吐息のように甘く、ボクの耳をくすぐる。彼女の白い肌は汗でキラキラと輝いて、まるで真珠のようだ。
「本当に、あついね……」
「うん。あつい……」
ボクも囁くように答えると、彼女の指先がボクの首筋をそっと撫でた。ぞくりとするような快感が背筋を駆け上がる。
部屋の中は、二人分の体温と、甘い香りで満たされていく。じっとりとした湿度が肌に纏わりつくようだ。
「シェナの肌……すべすべ……」
彼女の手のひらが、ボクの肩から腕へとゆっくりと滑り落ちる。その感触があまりにも心地よくて、思わず目を閉じてしまう。
「ララミアだって……まるでシルクみたい……触ってると、溶けちゃいそう……」
「えへへ、ありがと……」
ボクの手もまた、彼女の滑らかな背中を確かめるように彷徨う。華奢な肩甲骨のラインが、指先に愛おしい。汗ばんだ肌同士が触れ合うたびに、小さな火花が散るような感覚。
「んっ……シェナ、もっとぉ……んっ」
ララミアが甘えたような声を出す。その声に煽られるように、ボクは彼女の唇を再び求めた。今度はもっと深く、もっと貪欲に。お互いの唾液が混ざり合い、熱い息が絡み合う。
「ぷはっ……こんな気持ち、初めて……」
「私も……なんだか、胸がいっぱいで……壊れちゃいそう……」
彼女の瞳は熱っぽく潤み、ボクを映している。その瞳に見つめられると、何もかも曝け出してしまいたくなる。
「大丈夫……ボクが受け止めてあげるから……全部……」
「うん、ありがと」
どちらからともなく、肌と肌が触れ合う面積が増えていく。汗で湿った髪が頬に張り付き、相手の鼓動が自分のことのように伝わってくる。
「ねえ……ここ……ドキドキしてるね……」
「君のもだよ……ララミア……同じくらい……」
ララミアがボクの胸にそっと耳を当てる。触れ合う肌の熱さ、絡み合う指の強さ、重なる吐息の甘さ。言葉はもう必要なかった。
ただ、お互いの存在を確かめ合うように、何度も何度も唇を重ね、肌を寄せ合う。
窓の外の星明かりだけが、静かにボクたちを照らしていた。
◆◆◆
熱に浮かされたような時間が続く中、ララミアの指先が、ボクの身体の、より敏感な場所へと滑り込んできた。
それはまるで、禁断の果実に触れるかのような、ためらいと好奇心が入り混じった手つき。
「んぅっ……!」
予期せぬ刺激に、思わず甲高い声が漏れてしまう。自分一人で慰めていた時とは比べ物にならないほどの鋭い快感が、脳天を貫く。指がゆっくりと、内側をなぞるように動くたび、身体がビクンと跳ねる。
「シェナってここ、弱いんだね〜?」
「っ……うるさい……っ……!」
ララミアが耳元で囁きながら、意地悪くニヤリと笑う。その小悪魔的な表情に、悔しさと同時に、もっと求めたいという欲望が湧き上がってくる。
負けじとボクも、彼女の身体の秘密の場所へと指を伸ばす。少し湿り気を帯びたそこは、驚くほど柔らかく、そして熱い。
「キミのここだって……すごくよく作り込まれてるね?まるで本物みたい……」
「ひゃん……!シェ、シェナの、えっち……!」
ボクが指先で優しく、花弁をなぞるように触れると、ララミアの肩が小さく震えた。
彼女の声は上擦り、顔は真っ赤になっている。その反応が可愛らしくて、もっと意地悪したくなってしまう。
「お互い様でしょ?ほら、もっとしてあげる……」
「ひゃぅっ!」
ボクは指を一本、そっと彼女の内側へと滑り込ませると、ララミアは短い悲鳴を上げた。きつく締まる内壁が、ボクの指を歓迎するように脈打っている。
「どう?気持ちいい……?」
「んんっ……シェナの指……あったかくて……変な感じ……っ」
「それならよかっ──んっ……!」
ララミアも負けじと、ボクの敏感な一点を指先で優しくこする。まるで琴の弦を弾くように、繊細に、そして的確に。そのたびに、甘い痺れが身体中に広がっていく。
「ああっ、あっ……!やぁぁ〜……!」
「ふふっ、かわいいよ」
二人分の吐息と、くぐもった嬌声が部屋に満ちる。汗ばんだ肌が擦れ合い、指先が互いの最も柔らかな場所を探り合う。
最初はためらいがちだった指の動きも、次第に大胆になり、お互いの快感の在り処を確かめ合うように、深く、そして優しく蠢いていく。トントンと、グニグニと、柔肉を揺らし、刺激し合っていく。
「あぁっ、やぁっ、ああっ!」
「はっ……はげ、しぃよぉっ……シェ、ナぁ……」
ボクは指先を折り曲げて、彼女の弱い部分を強く押し込んだ。ララミアも同じようにボクの中を擦ってくる。
「もっと、ララミア……!もっと、奥まで……!」
「シェナも……もっと、強く……!」
言葉と指先が、互いの欲望をさらに掻き立てていく。もう、どちらがリードしているのか分からなくなってきた。ボクたちの行為はより激しいものへ変わっていき、お腹の中を抉られるたびに、身体はビクビクと跳ね上がる。
ただ、この燃えるような快感に身を任せ、二人でどこまでも堕ちていきたい──そんな衝動だけが、ボクたちを支配していた。
「あっ……!あ、そこっ、やぁっ!」
ララミアの呼吸がだんだんと荒くなり、瞳が虚ろに細められていく。その様子を、ボクは見逃さない。
「そんなに気持ちいいの?ララミア」
「そ、それは……」
意地悪く囁きながら、指をさらに深く、激しく動かす。彼女の内側は熱く脈打ち、ボクの指を強く締め付けてくる。
「あ……っ!待って……シェナ……もう、だめ……っ」
「ダメじゃないよ」
ララミアが涙目で懇願する。その姿が、ボクの心臓を激しく掻き立てる。
「見ないで……お願い……っ。私のこと、見ないで……!」
「見ているよ」
でも、その懇願を聞き入れるつもりはない。ボクの瞳で、悶える彼女の姿をしっかりと焼き付けたい。彼女の快楽に歪む表情を、独り占めしたい。
「大丈夫。ボクはちゃんと見てるから。ララミアが、ボクのせいでどうなるのか……」
「ひあああっ……!」
指の速度をさらに上げると、ララミアの身体がビクンと大きく跳ねた。白い肌が紅潮し、口元からは甘い吐息が漏れる。
「んっ……あ……ああああああっ……!」
ついに、彼女は絶頂を迎えた。全身を痙攣させ、意識を手放したように、ボクの胸に縋り付いてくる。その可愛らしい姿が、ボクをさらに昂らせる。
「ふふっ、どう?気持ちよかった?」
「……っ」
彼女の耳元で囁くと、ララミアは顔を赤く染めたまま、むっとして顔を上げた。
「むぅ〜……チューしながらなら、ぜったい負けないもん……!」
「それって……んんっ……!」
そう言うと、彼女は身を乗り出し、ボクの唇を奪った。
どうやらボクは、キスが弱点だったらしい。弱点を自覚するより先に、彼女の舌がボクの中を蹂躙していく。
今度のララミアの唇は、熱くて、甘くて、どこか挑発的だ。彼女の舌が、ボクの口内を侵略してくる。普段の無邪気さとは打って変わった、積極的なキスに、頭がクラクラする。
それと同時に、ララミアの指が、ボクの秘かに触れてくる。さっきまでとは違う、ねっとりとした感触が、全身を駆け巡る。脳が痺れ、思考が停止していく。
「んんっ!んん、ん、んん〜……っ!」
「ん〜……」
唇を離そうとしても、ララミアは決して離してくれない。首に回された腕が、逃げることを許さない。彼女の舌は執拗に絡みつき、ボクの意識を奪っていく。
「あっ……だめ!ララミア、もう……あっ」
でも、彼女は容赦しない。熱い口づけと、巧みな指の動きで、ボクを快楽の淵へと突き落とす。
「ああああああっ……!」
そして、ついにボクも、ララミアと同じように絶頂を迎えた。身体が大きく波打ち、視界に星が散る。頭の先からつま先まで、快楽が満ち溢れている。世界が白く染まるほど、彼女に与えられた刺激が強烈だった。
意識が朦朧とする中、ララミアが何か目掛けて舌を伸ばす。それは、ボクの口から溢れた甘い雫。彼女はそれを舌で掬い取り、満足そうに微笑む。
「ふふっ。おあいこ、だね?」
「うぅ〜……」
彼女はいたずらっぽくウインクをした。その顔を見ていると、なんだか敗北したような気持ちになったが、それと同時に、言い知れない幸福感に包まれていく。
熱い夜は、まだ終わらない。
◆◆◆
女の子同士でどうやって愛し合うのかは──知識としての範囲だけど──もちろん知っていた。
こうすれば気持ちいいとか、ああすればもっと感じるとか、そんなセオリーや噂話も、どこかで耳にしたことはあった。
でも、今、ボクたちがしていることは、そんなセオリー通りのものとは全く違う。
「ねえ、シェナ……もっと……もっと、くっついていたい……」
「ボクもだよ、ララミア……こんなの、初めて……」
ララミアが甘えた声でボクの首筋に顔を埋める。その言葉に応えるように、ボクは彼女の華奢な身体を強く抱きしめた。汗ばんだ肌と肌が密着し、お互いの体温が溶け合っていくようだ。
「足りないよぉ……もっと、くっつきたいの……シェナのこと、ぎゅっとしたいよぅ……」
「ボクだって……。ほら、もっとくっつこう?」
一心不乱に相手を求め、求められ、ただひたすらに身体を擦り付け合う。汗ばんだ身体を擦り付け合うだけで、どうしてこんなに幸せな気持ちになるのか。それを言葉にすることは難しくて。
どちらからともなく、相手の身体のまだ触れていない場所を探し、指でなぞり、時には舌を這わせる。熱い吐息が絡み合い、言葉にならない声が漏れる。
ララミアの足がボクの足に絡みついてくる。その細い足を太ももで挟み込むと、彼女は「ひゃんっ」と可愛らしい声を上げた。
「シェナの足……あったかくて、ドキドキする……」
「ララミアの足もだよ……細くて、すべすべで……ずっと触っていたい……」
こんな滅茶苦茶な行為が、どうしてこんなにも至極の喜びを齎してくれるのだろう。
理屈なんて、もうどうでもいい。ただ、この瞬間の、焼け付くような熱さと、胸を満たす幸福感だけが全てだ。
ララミアの指が、ボクの髪を優しく梳く。その指先が耳朶に触れると、背筋に甘い痺れが走った。
「シェナの髪……いい匂いがする……」
「ララミアこそ……なんだか、お日様みたいな匂いがする……安心する匂い……」
お互いの匂いを確かめ合うように、深く息を吸い込む。それは、どんな香水よりも官能的で、心を落ち着かせてくれる香り。
「ねえ、シェナ……私たち、どうなっちゃうのかな……?」
「どうもしないよ……ただ、こうして一緒にいるだけ……それが一番、幸せだから……」
ボクは彼女の額に優しくキスを落とす。セオリーなんて関係ない。これがボクたちの愛の形。お互いを求め合い、与え合い、そして溶け合っていく。
そんな不器用で、でも純粋な行為が、夜が更けるのも忘れるほど、ボクたちを満たし続けていた。
言葉よりも雄弁に、肌と肌の触れ合いが、愛を語り合っていた。
◆◆◆
粘度の高い湿った音と、荒い息遣い。窓から差し込む月の光が、絡み合うボクたちを静かに照らし出している。
「んっ……!ララミア、そこだめ……っ!」
「シェナ……こんな、やぁっ……!見ないで……!」
お互いの身体が自然と一番気持ちいい絡み方を見つけ出し、導かれるように何度も何度も交わり合う。
どちらが上とか下とか、そんなことは関係ない。ただ、お互いの存在を確かめ合うように、深く、そして優しく繋がり続ける。
「ああぁぁ〜……もうダメ、ボク……また……っ!」
「私も……シェナにぃ、何度も……っ!」
ララミアのしなやかな身体がボクの身体にぴったりと重なり、まるで一つの生き物になったかのようだ。彼女の髪がボクの頬をくすぐり、甘い香りが鼻腔を刺激する。ボクの手は彼女の腰を支え、彼女の脚はボクの腰にしっかりと絡みついている。
「シェナ……好き……大好き……っ」
「ララミア……愛してる……っ」
吐息混じりのララミアの声が、耳元で囁かれる。息を切らせながら、ボクも同じ言葉を返す。言葉とキスが交互に繰り返され、そのたびにお互いの体温が上昇していく。
「ねえ、シェナ……なんだか、すごいね……こんなの、初めて……」
「うん……ボクも……こんなに、誰かと一つになれるなんて……思わなかった……」
互いの瞳を見つめ合う。そこには、情熱と、信頼と、そして深い愛情が溢れている。汗で濡れた肌が擦れ合い、快感の波が何度も何度も押し寄せてくる。
「もうダメぇ……落ちちゃうぅぅ……」
ララミアが苦しそうな、でも幸せそうな声を出す。
「でも、一緒なら……怖くないでしょ……?」
「……うん、一緒がいい!」
ボクがそう言うと、彼女はこくりと頷いた。その言葉を合図に、ボクたちは最後の力を振り絞るようにお互いを求め合った。
身体をこれ以上ないほど密着させる。鼓動さえ共有しているのではと思うほど近くに、彼女の存在が感じられる。
指を早め、ララミアの敏感な所の特別柔らかい場所を、的確に探り当てる。彼女の指もボクの一番弱い部分に到達していた。くにくに、グリグリと触れていく。
「ララミア……!ララミアぁ……!」
「シェナ……!シェナぁ……!」
そして、まるで示し合わせたかのように、同時に絶頂の瞬間を迎える。
「「あぁぁぁぁあああ〜!!」」
二人分の声が重なり合い、部屋中に響き渡る。全身の力が抜け、思考が真っ白になる。ただ、ララミアの温もりだけが、確かにそこにある
「はあぁぁぁぁ……ああ……」
「あ、あ、ああああぁぁぁぁ〜……っ」
しばらくの間、二人とも息を整えるのに必死だった。でも、その間も、お互いの身体は離れようとしない。むしろ、愛おしそうに身体を捩り合わせ、少しでも多くの面積で触れ合おうとしている。
「シェナ……」
「ララミア……」
名前を呼び合うだけで、胸がいっぱいになる。
こんなにも誰かを愛おしいと思ったことはない。
こんなにも満たされた気持ちになったことはない。
窓の外は、もう白み始めているのかもしれない。でも、ボクたちの夜は、まだ始まったばかりのような気がした。この温もりを、この幸せを、永遠に感じていたい。
そう、心から願った。
濃厚な時間が過ぎ去り、部屋には穏やかな空気が流れていた。
ボクらの荒い息遣いもようやく落ち着き、互いの温もりを確かめ合うように寄り添っている。
「あはは、すごかったね〜……」
「……そうだね」
ララミアの少し照れたような、でも満足げな声での言葉に、ボクは頷いた。言葉にできないほどの感情が、まだ胸の中で渦巻いている。
自分はした。してしまった。でも、後悔はしていない。……ちょっとだけ、恥ずかしくはあるけれど。
ふと、あることを思い出し、ボクは口を開く。
「ねえ、ララミア」
「なーに?」
「あの歌のサビ、実はさっき……完成したんだ」
「えっ、本当!?」
ララミアがぱっと顔を輝かせ、身を乗り出してくる。その期待に満ちた瞳に見つめられると、少し恥ずかしくなる。でも、今なら歌える気がした。
「……いくよ?」
「うん、いいよ」
ボクは小さく息を吸い、ララミアの目を見つめながら、ゆっくりと歌い始める。
≪ボクを呼んでくれるなら♪≫
≪この想いは揺るがないから♪≫
≪君と未来を紡いでいきたい♪≫
≪ずっとずっと離さないで♪≫
≪君の輝きがボクの全て♪≫
≪ただ隣で微笑んでいて♪≫
≪君に誓うよ、何度でも♪≫
≪どうか永遠に側にいて♪≫
≪世界は進むよ、キミと共に──♪≫
それは、紛れもない愛の告白。今、この瞬間のボクの全ての気持ちを込めた歌。歌い終わると、顔がカッと熱くなるのを感じた。
「ど、どうかな……?」
恐る恐るララミアの反応を伺う。照れてしまうのか、涙を浮かべてしまうのか。そんな彼女の姿を想像していたが──
「うーん……なんか違う、かな?」
「は、はぁっ!?」
予想外の返事に、素っ頓狂な声が出てしまう。動揺を隠せないボクに、ララミアは慌てて言葉を続ける。
「あ、いや、すごく素敵な歌詞だよ!ちゃんと、愛の告白だって分かったし……。でもね、なんていうかシェナっぽくないっていうか……」
「ボクっぽくない……?」
ボクが聞き返すと、ララミアは首肯して続ける。
「ふんわりとしたイメージだけどね、あの時のシェナはね、もっとこう……キラキラしてて、すごく偉そうで、でも見てるだけで元気が出てくるような……。うーん、上手く言えないけど……」
「…………あっ」
ララミアのぼんやりとした感想。でも、その言葉の中に、ボクはずっと見失っていた何かを見つけたような気がした。
「そっか、分かったかもしれない」
そうだ。今のボクに足りなかったもの。それは、かつてのボクが持っていた、あの圧倒的なまでの────。
ボクは小さく呟き、頭の中で歌詞を修正してみる。さっきの言葉を全て否定するわけではないけれど、あの頃のボクなら、こう言うはずだ。
「ねえ、ララミア。もう一回、聞いてくれる?」
「うん、いいよ!」
そして、修正したサビを歌う。今度は、もっと胸を張って、自信を持って。
「♪〜〜……!!」
歌い終わると、ララミアは満面の笑みで、嬉しそうに何度も頷いた。
「うん!これだよ!これこそ、シェナの歌だよ!」
「えへへ、そう?」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「こんなボクで……いいかな?」
少し不安げに問いかけると、ララミアはボクの頬に優しくキスを落とした。
「うん。そんな君が、大好きだよ」
「……ありがとう」
その言葉が、何よりも嬉しい答えだった。失いかけていた自信が、少しずつ戻ってくるのを感じる。
夜明けの光が、窓から差し込み始めていた。
まるで、新しいボクたちの始まりを告げているように。
◆◆◆
あの夜があった数週間後。薄暗いライブステージの袖。
スポットライトの熱気と、開演を待つ観客たちのざわめきが、壁越しに伝わってくる。
「──さて、準備はよろしいですか、リーシェナさん」
「うん。バッチリだよ」
ボクは深呼吸を繰り返し、マネージャーと最終確認を行っていた。
「衣装もメイクも完璧。あとは、あなたの歌声だけですね。どのような進化を遂げたのか、楽しみです」
マネージャーの問いかけに、ボクは力強く頷く。その声には、いつもの淡々とした響きの中に、微かな好奇の色が混じっているように感じられた。
彼女はいつものように冷静沈着だけど、その瞳の奥には確かな信頼と期待が宿っている。それがボクにとって、力になる。
「そういえば……『あの子』も、呼んだよね?」
ふと気になって尋ねると、マネージャーはふふ、と小さく笑みを漏らした。
「勿論です。最前列の、一番見やすい席を確保しましたよ。彼女もきっと、あなたの新しい輝きを待っているでしょう」
「流石だね。ありがとう」
その言葉に、心が少しだけ浮き立つ。ララミアが、見ていてくれる。それだけで、勇気が湧いてくる。
「……それと、今までごめんね。色々と、燻っちゃってて」
ずっと胸の中にあった謝罪の言葉を口にする。敗北してからずっと、どこか投げやりで、本気になれない自分がいた。マネージャーにも、きっとたくさん心配かけた。
「気にする必要はありませんよ。誰にだって、そういう揺らぎの時期はあるものです。むしろ、その過程があったからこそ、今のあなたがいる」
「そっか……。そう言ってくれると、嬉しい」
マネージャーに背中を押されたことを実感する。ボクの歌に、期待がかかる。でもそれはもう、重圧ではなく、純粋な使命感となっていた。
「それに、今のあなたは最高に輝いている。どこまで素晴らしいステージになるか、私にはわからない。わからないから楽しい、愉快。あぁ……とても良いこと、愛いこと……」
「ははっ。愛いこと、ね」
マネージャーの言葉は、時折こうして不思議な響きを帯びる。でも、今のボクにはその言葉が素直に力になった。
……もしかしたら、彼女は心配というより、ボクがどう変化していくのかを観察していたのかもしれないけど。
「よし、じゃあ行ってくるよ」
力強く頷き、ステージへと続く階段に足をかける。
「いってきます」
振り返り、マネージャーにそう告げると、彼女は目を細めながら、小さく手を振ってくれた。
「ええ、いってらっしゃい」
その言葉を胸に、ボクは一歩、また一歩とステージ中央へと進んでいく。眩いスポットライトが、ボクを照らし出す。
会場を埋め尽くす観客たちの熱気が、肌で感じられた。そして、最前列のララミアと、確かに目が合った。彼女は、満面の笑みでボクに手を振っている。
大丈夫。今のボクなら、最高の歌を届けられる。
マイクを握る手に、力がこもった。
◆◆◆
静寂を切り裂くように、イントロが鳴り響く。
重低音が腹に響き、鼓動を加速させる。スポットライトが乱反射し、ステージ上は幻想的な光に包まれる。観客たちの期待感が、肌を刺すように感じられた。
マイクを握りしめ、ゆっくりと口を開く。
≪──砕け散った誇りの欠片が♪≫
最初のフレーズは、まるで独白のように、そしてクールに歌い始める。失ったもの、届かないものへの渇望、そして心の奥底に隠された痛み。
≪ボクの足元に転がってる♪≫
≪見上げた夜空に描かれた星座♪≫
≪手を伸ばしても届かない♪≫
ステージをゆっくりと歩きながら、観客一人ひとりの顔を見つめる。彼らの瞳には、期待、興奮、そして希望が宿っている。
≪涙が頬を伝い落ちて行く♪≫
≪この痛みが胸を締めつける──それでも♪≫
その光に応えるように、少しずつ感情を込めていく。
≪それでも心の奥で叫んだ♪≫
≪『もう一度、光を掴みたい』と!≫
サビ前のフレーズが終わると同時に、照明が激しく明滅する。高揚感が高まり、観客たちのボルテージが上がっていくのがわかる。そして、ついにサビが始まる。
≪さあ立ち上がれ!『傲慢』なボクよ!≫
歌い方を変え、力強く、そして情熱的に叫ぶように歌う。それまでの鬱屈とした感情を全て解き放つように、全身全霊で歌い上げる。
≪どんな試練が待っていても♪≫
≪負けはしない 恐れはしない♪≫
≪諦めることなど出来はしない!≫
腕を高く掲げ、ステージを駆け回る。観客たちの歓声が、まるで炎のようにボクを包み込む。熱気が肌を焼き、アドレナリンが全身を駆け巡る。
≪今度はボクの番だから!≫
≪その美しい星を落としてみせる♪≫
≪追いついて 追い越して♪≫
≪君と輝くその日まで!≫
あの子への宣戦布告。そして、彼女と共に輝きたいという、切なる願い。その想いを歌に乗せ、力強く叫ぶ。
≪世界は進むよ、キミと共に!≫
最後のフレーズを歌い終えると同時に、ステージ全体が眩い光に包まれた。観客たちの歓声と拍手が、嵐のように降り注ぐ。
最高の歌を、届けられた。そう確信できる、瞬間だった。
◆◆◆
「はぁぁぁ……つかれたぁぁぁ……」
楽屋に戻ったボクは、机に突っ伏していた。久々のオリジナル曲に加えて有観客のステージに、緊張と疲労が一気に押し寄せてくる。
「はぁ、こんなに緊張するなんて、鈍っちゃったなぁ……。さっさと感覚、取り戻してかないとね……」
それでも、心地よい疲れだった。自分の手を見つめると、まだ小刻みに震えている。恐怖や恐れではない。高揚と期待の震え。
かつて感じていた、あの全能感に似た何かが、再び心の奥で蘇り始めているのを感じる。そっと手を握りしめ、その感覚を確かめた。
コンコン、と楽屋のドアがノックされる。
「どうぞー」
気だるげに答えると、マネージャーが顔を覗かせた。
「お疲れさまです。素晴らしいステージでした」
彼女の労いの言葉に、ボクは椅子に背中を預けながら答える。
「ありがとう。なんだか、久しぶりに本気で歌えた気がするよ」
「そうでしょうね。あなたの中で何かが進化したのが、ここからでもよく見えました」
マネージャーの言葉には、いつもの冷静な響きと共に、僅かながら嬉々とした感情が滲んでいるような気がした。
「あ、そういえば、あの子ってどこにいる?」
「あの方でしたら、もうすぐですよ。ふふ、楽しみですね。どんな反応を見せてくれるのか──」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、楽屋のドアが勢いよく開かれた。
「シェナ〜!」
「ララミア!」
ララミアが部屋に飛び込んできて、そのままボクに抱きついてくる。その勢いに、椅子ごと後ろに倒れそうになった。
「すっごかったよ!もう、ゾクゾクって感じが止まらなくて、全身に電流が流れるみたいで……!!!」
彼女は目をキラキラと輝かせながら、興奮冷めやらぬ様子で感想を述べてくる。
「アイドルのステージって初めて見たんだけど!あんなにたくさんの人がいて、みんなが熱くなって……!その中心でシェナが歌って踊ってるのを見てたら、なんだかドキドキが止まらなくて!」
彼女の純粋な感動が、ボクの心にも温かく響く。ステージで感じていた高揚感が、また蘇ってきた。
「シェナって、やっぱりすごいんだね!みんなを魅了して、会場全体を自分の世界に変えちゃうんだもん!!本当にすごいよ!」
「ふふ、ありがと」
ボクを強く抱き締めたまま、早口でまくしたてるララミアの言葉一つひとつに耳を傾ける。その声には、彼女の純粋な敬愛の情が滲んでいた。
「まあ、まだまだ鈍っちゃってるから、本調子には戻れてないんだけどね〜」
「えーっ、嘘ぉ〜!?これで鈍っちゃってて、これ以上すごいなんてこと……ありそう!だってシェナだもんね〜!」
そう言いながら、ララミアはボクにぎゅーっとしがみついてきた。それは、いつもよりちょっとだけ強い力で。
「そう、そうだよ!ボクは凄いんだ!」
その言葉に、少しだけ胸を張る。久しぶりに見せた、ボクの『傲慢さ』だった。
「……もう、ボクから目を逸らせないよね?」
少し意地悪く問いかけると、ララミアは迷いなく、明るく首肯する。
「うん!絶対に!シェナの歌声、シェナの踊り、シェナの全部が大好きだから!」
「……うん!ありがとう……!ありがとう……っ!!」
その真っ直ぐな言葉に、胸が熱くなる。失いかけていたものが、確実に戻ってきているのを感じた。ララミアがいてくれるなら、ボクはまた輝けるかもしれない。
──やがて、ララミアはボクの腕の中から顔を上げ、いたずらっぽく微笑んだ。
「……それじゃ、今度は私の番だね!」
「うん?」
その言葉に、ボクは首を傾げる。ララミアは少し照れながら、でもどこか誇らしげに続けた。
「実はね、私もアイドルを目指すことにしたんだ!」
「えっ……!?アイドル?ララミアが?」
「うん!」
ララミアがアイドル。その告白に、思わず目を見開いてしまった。
「さっき、あなたのマネージャーさんに言ってみたら、『それでは、あなたもマネージメントいたします』って言ってくれたんだよ!」
「……はぁ!?ちょっと、マネージャー!?どういうこと!?」
ララミアの無邪気な笑顔に、一瞬だけ呆気に取られる。すぐに振り返ってマネージャーを薄情者と罵ろうとしたが、気づけば彼女の姿は部屋から消えていた。
「はぁ……あの人、逃げ足も速いんだから」
「あはははっ!」
ため息をつくと、ララミアはケラケラと楽しそうに笑い出す。その明るい笑い声に、思わずボクも吹き出してしまう。
そして、ボクらは自然と見つめ合った。瞳の奥に、これからの未来への期待と、競い合う覚悟が灯っている。
「これからも、一緒に戦っていこうね。シェナ」
「もちろん。……負けないけどね?」
彼女の挑戦的に微笑みに、ボクも負けじと宣言する。
「滅びの速度は君より速い!」
「あなたの魅力も、追い抜いちゃうから!」
「……ぷっ」
「……ぷふふっ」
「「あははははっ!!」」
二人の声が重なり合い、楽屋に響き渡る。こんな風に笑ったのは久々だ。胸がくすぐられるように温かい。
競い合い、支え合い、そして愛し合う。そんな未来が、今この瞬間から始まる。
世界は進むよ。キミと共に。
[おわり]
SSを知らないor妄想を含んだSSが苦手な方はブラウザバック推奨です
※一部性的な描写が含まれます。18歳未満の人は読まないようにしてください。
※完結済み
夜の街を走る送迎車の窓から、ボクは星空を見上げていた。
ネオンの光に負けじと瞬く星々が、まるでボクを嘲笑うかのように輝いている。
「──カバーアルバムの売上も上々です。名義を隠した上で実績を残せるとは、流石ですね」
「そう」
運転席からマネージャーの声が響く。彼女の声には満足げな響きがあるけれど、ボクの心には何も響かない。ぶっきらぼうに答えながら、視線を星空に向け続ける。
「ところで」
「……」
「もう一度、オリジナルのシングルを出してはどうですか?ファンも待望してますよ」
「…………」
マネージャーの提案に、ボクは無言で目を細める。オリジナル。自分だけの歌。そんなものが、今のボクに作れるのだろうか。
車内に沈黙が流れる中、ボクの心は自然と『あの子』のことを思い浮かべていた。
長い金髪にパステルブルーのインナーカラー。明るく能天気な笑顔。そして──ボクを打ち砕いた圧倒的な力を持つ、アンドロイドの少女。
かつて『破壊の絶傑』と呼ばれていた頃のボクは、歌声で人々を扇動し、破壊の試練を齎していた。
大衆に囲まれ、可憐に踊りながら、世界を自分の色に染めていく快感に酔いしれていた。あの頃のボクは、自分が世界の中心にいると信じて疑わなかった。
でも、『あの子』がすべてを変えてしまった。
音速すら凌駕する卓越した戦闘能力で、ボクの歌声による破壊の力を押し切り、完膚なきまでに打ち破った。その瞬間、ボクの中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
敗北後、ボクは何故か、オフでアイドルのように振る舞うことができなくなった。かつては私生活でも人々を魅了し続けていたのに、今では家に帰ると疲れ果てて、ただひっそりと暮らすだけ。
芸風も変わった。大衆に囲まれて可憐に踊るスタイルから、クールさを強めたストリート系へ。オリジナル曲を歌うことも止めて、カバー曲ばかり。
何故このような変化があったのか、自分でも理解できない。ただ分かるのは、あの子の影響を受けているということ。
あの子の持つ強さに、無意識に憧れているのかもしれない。それとも、対抗しようとしているのか。それとも──
「未完成こそ可能性。……悪いことではないと思いますよ」
マネージャーの唐突な呟きに、ボクは視線を車窓から前へ向けた。彼女は相変わらず前方を見つめているが、その横顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる気がする。
「……何が言いたいの?」
「いえ、ただの独り言です」
彼女はそう言って、また静かになった。
車が信号で止まる。赤い光が車内を染める中、ボクは小さくため息をつく。再び星空を見上げながら、ボクは心の奥底で眠る炎の存在を感じていた。
それは破壊の炎ではない。もっと別の、名前のつけられない熱い何かが、静かに燻り続けている。その炎がいつ、何を照らし出すのか。
ボクにはまだ、分からない。
◆◆◆
送迎車から降りて、マンションの階段を一段ずつ上がるたび、足取りが重くなる。
夜風がコンクリートの壁をすり抜け、髪をそっと揺らす。自宅の扉の前で立ち止まり、深く息を吐く。ポケットから鍵を取り出し、金属が小さく鳴った。
「ただいま」
「おかえり〜!」
扉を開けると、すぐに明るい声が飛び込んでくる。あっ勢いよく玄関まで駆け寄ってきたのは、長い金髪にパステルブルーのインカラーが揺れる少女──ララミア。
かつてボクを打ち破った、あの戦闘用アンドロイド。今はボクの同居人になっている。
「ちゃんとご飯作っておいたよ!今日もマニュアル越えの出来栄えなんだから!」
「はいはい、ありがとうね」
靴を脱ぎながら軽く返事をする。得意げに両手を腰に当てて胸を張るララミア。その様子に、思わず笑みがこぼれた。
リビングに足を踏み入れると、テーブルの上には湯気の立つ料理が並んでいた。彩りも悪くないし、香りもいい。
席に着くと、ララミアが向かいの椅子に座り、視線をボクの顔に向ける。どうやら反応が気になっているらしい。
ボクは箸を手に取ると、料理を口へ運ぶ。
(……美味しい)
その味わいに、ボクの心に小さく波紋が広がっていく。
「美味しい?」
小さな波が伝わったのか、ララミアは自信満々にボクの顔を覗き込んでくる。
「……美味しいよ」
「やった!」
素直にそう伝えると、ララミアは嬉しそうに目を細めた。
「今日は塩分濃度を0.2%下げて、火加減も三段階調整したんだよ。あとね、食材の切り方も新しいパターンを試してみて──」
ララミアが早口で調理の工夫や結果報告を始める。ボクは適当に相槌を打ちながら、ぼんやりとテーブルの向こうを眺めた。
──この奇妙な同居生活が始まったのは、あの敗北の後。
「改めまして、私はララミア!これからよろしくね、シェナ!」
「ああ……うん。よろしく」
再びこの街に戻り、一人暮らしを始めたボクの下へ、ララミアが現れた。
『絶傑の経過観察』という任務を受けたらしい。敗北後に再臨したボクが再び破壊の試練を開始しないか、その監視のために来たということだった。
そして何を思ったのか、ボクに最も近い場所。つまり、ボクの自宅で暮らすことを提案してきた。
最初は面倒だと思った。だが、任務の邪魔をすれば余計に面倒なことになりそうだったし、本人は敵意どころか、やけに友好的で、悪意を感じさせなかった。
打算的な理由もある。不在時の不審者対策になるし、帰宅すれば温かいご飯と明るい部屋が待っている。それは冷たい夜を埋めるには、十分なメリットがある。ボクは彼女の提案を受け入れた──
実際、ララミアがいてくれることで生活は便利になった。
玄関の鍵を開けた瞬間、誰かが「おかえり」と言ってくれる。食卓には手作りの料理が並び、リビングには柔らかな灯りがともる。誰もいない部屋に帰るより、ずっと心が軽くなる。
……はずだった。
それなのに、胸の奥に広がるこのモヤモヤは、日ごとに大きくなっていく。
理由は分からない。ララミアの存在が鬱陶しいわけでもない。むしろ、彼女の無邪気な笑顔や拙い料理、優しい気遣いに救われている部分もある。なのに、なぜか心がざわつく。
箸を進めながら、ふとララミアの横顔を盗み見る。彼女は相変わらず、料理の工程や味付けのデータについて熱心に語り続けている。
金色の髪が柔らかな光に照らされて、まるで星のようにきらめいていた。
◆◆◆
食事を終え、湯上がりの体をバスタオルで包みながらリビングに戻ると、部屋には柔らかな静寂が満ちていた。ソファに身を沈め、深く息を吐く。
今日も一日が終わった──そんな安堵と、どこか物足りない気持ちが胸の奥でせめぎ合う。
「ララミア、肩揉みモード開始〜!」
「わわっ……!ちょっ、急にやめてよ……!」
おどけた声で呼びかけながら、背後に回ってきた。彼女の手がボクの肩にそっと触れる。
最初は優しく、やがて少しずつ力を込めて、コリをほぐすように指が動き始める。アンドロイドの指先は驚くほど器用で、絶妙な強さで筋肉を押し流してくれる。
「お加減はいかがですか〜?」
「……まぁまぁかな」
「も〜!そこはいい感じって褒めてよ!」
「はいはい……うん、気持ちいいよ。上手になったね」
「えへへ〜!ありがとっ!」
ボクは肩の感触に身を委ねながら、目を細める。
絶傑と呼ばれていた頃は、オフの時間も常に気を張り詰めていた。
トップアイドルであり続けるために、食事も睡眠も、スキンケアも、すべて完璧にこなしていた。様々な人に指示をして、支えさせて、ぼくはただひたすら、前だけを見ていた気がする。
でも、あの敗北の後は違う。食事は適当に買ってきて、ケアは最低限。ぼんやりとしたまま夜が更けていくことも多かった。
ララミアが来てから生活は変わったけど、今でも根本にあるのはたぶん、無気力と無関心なのかもしれない。
マッサージが終わると、洗面台の前に立ち、化粧水を手に取る。パシャパシャと頬に叩き込んでいると、背後からララミアの声が響いた。
「いつも思うけどさ、そんな綺麗な肌にケアが必要なの?」
「……っ!」
思わず手が止まる。鏡越しにララミアの無邪気な瞳が映る。ドキリと跳ねた胸の鼓動を落ち着けるために、ボクは一度深呼吸をしてから答える。
「……人前に立つ仕事は、見た目が大事だからね。何もしないと、すぐにボロが出るんだよ」
「ふ〜ん、そういうものなんだね」
ボクは鏡越しに彼女を見つめ、努めて平静を装いながら答えると、ララミアは大きく頷いた。
「でも、いざとなれば再臨させればいいよね!そうしたら新品同然だよ!」
「ははっ……。そういうこと、軽々しく言わないでね」
あっけらかんとした声に、苦笑いを浮かべる。もう一度倒して、再生させるなんて、そんな簡単に言わないでほしい。顔を引き攣らせながら、化粧水の蓋を閉めた。
ララミアは本当に好奇心旺盛だ。何故かオフのボクに興味津々で、些細なことにも首を突っ込んでくる。
例えば料理。ボクが買ってきた物の食材や調理法について、ことある毎に聞いてきた。
ファッション誌を眺めるだけで、「あなたなら、こっちの衣装も似合うかも」なんて言ってくる。髪型を変えただけで、まるで宝物でも見つけたように目を輝かせて喜び、真似し始めたことも。
煩わしくなる時もある。それなのに、ララミアと一緒にいると、何故かそれも悪くない気がして。
◆◆◆
就寝前。
ボクは適当な音楽を聴きながら横になっている。
適当に検索して引っかかった曲をぼんやりと聴いていると、いつの間にか隣で座っていたララミアも画面をのぞいていた。彼女の金髪がボクの視界を少し遮る。
「今日は何聴いてるの?」
「別に、適当だよ」
「どれどれ〜曲名は『Rue Inoubliable』……ララミア、検索開始〜!」
「……」
ボクは黙りこくって、瞳を閉じた。ララミアはボクの隣で、時々、こうして一緒に音楽を聴いたりする。最初こそ抵抗を感じたものの、今ではすっかり慣れてしまった。
「検索完了!ピアノが主体のインストゥルメンタルなんだね!BPMは100程度で──」
隣でブツブツ言っているが、その呟きは頭に入ってこなかった。ボクは聴き流す代わりに、音楽に合わせてフレーズをそっと口ずさむ。
「♪〜〜……」
ピアノのみの旋律に、ボイスの乗らない歌声が重なる。それはただのハミングだったけれど、不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。
「♪〜〜…………」
今はオリジナル曲を出すことを止めた、というよりも出来なくなったボクだけど、こうして歌うこと自体は悪くないと感じている。たぶんそれが、細々とアイドルを続けている理由なのだろう。
「♪〜〜……ん?」
「…………」
途中でちょっとした違和感があり、ボクはハミングを止める。先ほどまでやかましかったララミアが、妙に静かなのだ。
横目でちらりと様子を見てみる。ララミアは何故か口を結び、神妙とした顔で固まっていた。
「どうかした?」
「……あっ!え、えぇっと、その……えへへ……」
ボクが声をかけると、ララミアはハッとして、そして誤魔化すような笑みを浮かべる。きっと何かしら考え事をしていて、没頭してしまったのだろう。元の体勢に戻ろうとした時──
「……あのね、シェナ」
不意に話しかけられ、ボクは片眉を上げてララミアへと顔を向けた。ララミアは真剣な表情でこちらを見つめている。
「実は私、歌や音楽って、細かい周波数の正弦波を重ね合わせただけの、単なる再現性のある振動だと思ってたんだ」
ララミアが窓を見上げる。その横顔はいつもの明るさではなく、どこか憂いを帯びていた。
「けど、改めて聴いてみると、不思議な感覚になるの。嬉しかったり、悲しかったり、楽しくなったり、時には高揚したり。よく分からない気持ちになって、何度も耳を澄ませちゃう」
ララミアは目を閉じた後、再びこちらを振り向く。その瞳には、普段の無邪気さではなく真剣さが宿っていた。
「これって、どうしてなんだろう。あなたならわかる?」
「…………」
ララミアの問いかけに、一瞬言葉を失う。正確な答えを求める彼女。だが、音楽に正確な答えはないと、ボクは知っている。
少し逡巡して、それから、ゆっくりと口を開いた。
「あくまで一般論だけど……音楽にはね、気持ちを込めることが多いんだ。聴く人に何かを伝えたくて、歌ったり、演奏したりすることもある」
「へえ……!」
ララミアはボクの一言一句に目を丸くしながら頷いた。そして、もう一度問い掛けてくる。
「それじゃあ、シェナが私と戦っていた時に歌ってた曲には、どんなメッセージを込めたの?」
「それは……」
ララミアが身を乗り出してくる。ボクは口を開こうとして、言葉が喉の奥で詰まった。
ボクは何を込めていたのか、今となっては、うまく説明できない。
……あの頃のボクは、何を伝えたかったのだろう。
「……みんなへの愛、かな」
「なるほどー!すごいね!やっぱりアイドルだ!」
「ははっ……そうだね。あはは……」
とりあえず、ありきたりな答えを返してみる。ララミアは素直に感心してくれて、ボクも笑みを浮かべていた。
けれど、ボクの笑顔は曖昧で、どこか乾いている。心の奥で、何かがぽつりと欠けている気がした。
本当は、もっと別のものを込めていた──けれど、それを今の自分は言葉にできない。
あの頃のボクの歌に宿っていたもの。それが何だったのか。
今はもう、思い出せそうにない。
◆◆◆
ネオンの光に負けじと瞬く星々が、まるでボクを嘲笑うかのように輝いている。
「──カバーアルバムの売上も上々です。名義を隠した上で実績を残せるとは、流石ですね」
「そう」
運転席からマネージャーの声が響く。彼女の声には満足げな響きがあるけれど、ボクの心には何も響かない。ぶっきらぼうに答えながら、視線を星空に向け続ける。
「ところで」
「……」
「もう一度、オリジナルのシングルを出してはどうですか?ファンも待望してますよ」
「…………」
マネージャーの提案に、ボクは無言で目を細める。オリジナル。自分だけの歌。そんなものが、今のボクに作れるのだろうか。
車内に沈黙が流れる中、ボクの心は自然と『あの子』のことを思い浮かべていた。
長い金髪にパステルブルーのインナーカラー。明るく能天気な笑顔。そして──ボクを打ち砕いた圧倒的な力を持つ、アンドロイドの少女。
かつて『破壊の絶傑』と呼ばれていた頃のボクは、歌声で人々を扇動し、破壊の試練を齎していた。
大衆に囲まれ、可憐に踊りながら、世界を自分の色に染めていく快感に酔いしれていた。あの頃のボクは、自分が世界の中心にいると信じて疑わなかった。
でも、『あの子』がすべてを変えてしまった。
音速すら凌駕する卓越した戦闘能力で、ボクの歌声による破壊の力を押し切り、完膚なきまでに打ち破った。その瞬間、ボクの中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
敗北後、ボクは何故か、オフでアイドルのように振る舞うことができなくなった。かつては私生活でも人々を魅了し続けていたのに、今では家に帰ると疲れ果てて、ただひっそりと暮らすだけ。
芸風も変わった。大衆に囲まれて可憐に踊るスタイルから、クールさを強めたストリート系へ。オリジナル曲を歌うことも止めて、カバー曲ばかり。
何故このような変化があったのか、自分でも理解できない。ただ分かるのは、あの子の影響を受けているということ。
あの子の持つ強さに、無意識に憧れているのかもしれない。それとも、対抗しようとしているのか。それとも──
「未完成こそ可能性。……悪いことではないと思いますよ」
マネージャーの唐突な呟きに、ボクは視線を車窓から前へ向けた。彼女は相変わらず前方を見つめているが、その横顔には穏やかな微笑みが浮かんでいる気がする。
「……何が言いたいの?」
「いえ、ただの独り言です」
彼女はそう言って、また静かになった。
車が信号で止まる。赤い光が車内を染める中、ボクは小さくため息をつく。再び星空を見上げながら、ボクは心の奥底で眠る炎の存在を感じていた。
それは破壊の炎ではない。もっと別の、名前のつけられない熱い何かが、静かに燻り続けている。その炎がいつ、何を照らし出すのか。
ボクにはまだ、分からない。
◆◆◆
送迎車から降りて、マンションの階段を一段ずつ上がるたび、足取りが重くなる。
夜風がコンクリートの壁をすり抜け、髪をそっと揺らす。自宅の扉の前で立ち止まり、深く息を吐く。ポケットから鍵を取り出し、金属が小さく鳴った。
「ただいま」
「おかえり〜!」
扉を開けると、すぐに明るい声が飛び込んでくる。あっ勢いよく玄関まで駆け寄ってきたのは、長い金髪にパステルブルーのインカラーが揺れる少女──ララミア。
かつてボクを打ち破った、あの戦闘用アンドロイド。今はボクの同居人になっている。
「ちゃんとご飯作っておいたよ!今日もマニュアル越えの出来栄えなんだから!」
「はいはい、ありがとうね」
靴を脱ぎながら軽く返事をする。得意げに両手を腰に当てて胸を張るララミア。その様子に、思わず笑みがこぼれた。
リビングに足を踏み入れると、テーブルの上には湯気の立つ料理が並んでいた。彩りも悪くないし、香りもいい。
席に着くと、ララミアが向かいの椅子に座り、視線をボクの顔に向ける。どうやら反応が気になっているらしい。
ボクは箸を手に取ると、料理を口へ運ぶ。
(……美味しい)
その味わいに、ボクの心に小さく波紋が広がっていく。
「美味しい?」
小さな波が伝わったのか、ララミアは自信満々にボクの顔を覗き込んでくる。
「……美味しいよ」
「やった!」
素直にそう伝えると、ララミアは嬉しそうに目を細めた。
「今日は塩分濃度を0.2%下げて、火加減も三段階調整したんだよ。あとね、食材の切り方も新しいパターンを試してみて──」
ララミアが早口で調理の工夫や結果報告を始める。ボクは適当に相槌を打ちながら、ぼんやりとテーブルの向こうを眺めた。
──この奇妙な同居生活が始まったのは、あの敗北の後。
「改めまして、私はララミア!これからよろしくね、シェナ!」
「ああ……うん。よろしく」
再びこの街に戻り、一人暮らしを始めたボクの下へ、ララミアが現れた。
『絶傑の経過観察』という任務を受けたらしい。敗北後に再臨したボクが再び破壊の試練を開始しないか、その監視のために来たということだった。
そして何を思ったのか、ボクに最も近い場所。つまり、ボクの自宅で暮らすことを提案してきた。
最初は面倒だと思った。だが、任務の邪魔をすれば余計に面倒なことになりそうだったし、本人は敵意どころか、やけに友好的で、悪意を感じさせなかった。
打算的な理由もある。不在時の不審者対策になるし、帰宅すれば温かいご飯と明るい部屋が待っている。それは冷たい夜を埋めるには、十分なメリットがある。ボクは彼女の提案を受け入れた──
実際、ララミアがいてくれることで生活は便利になった。
玄関の鍵を開けた瞬間、誰かが「おかえり」と言ってくれる。食卓には手作りの料理が並び、リビングには柔らかな灯りがともる。誰もいない部屋に帰るより、ずっと心が軽くなる。
……はずだった。
それなのに、胸の奥に広がるこのモヤモヤは、日ごとに大きくなっていく。
理由は分からない。ララミアの存在が鬱陶しいわけでもない。むしろ、彼女の無邪気な笑顔や拙い料理、優しい気遣いに救われている部分もある。なのに、なぜか心がざわつく。
箸を進めながら、ふとララミアの横顔を盗み見る。彼女は相変わらず、料理の工程や味付けのデータについて熱心に語り続けている。
金色の髪が柔らかな光に照らされて、まるで星のようにきらめいていた。
◆◆◆
食事を終え、湯上がりの体をバスタオルで包みながらリビングに戻ると、部屋には柔らかな静寂が満ちていた。ソファに身を沈め、深く息を吐く。
今日も一日が終わった──そんな安堵と、どこか物足りない気持ちが胸の奥でせめぎ合う。
「ララミア、肩揉みモード開始〜!」
「わわっ……!ちょっ、急にやめてよ……!」
おどけた声で呼びかけながら、背後に回ってきた。彼女の手がボクの肩にそっと触れる。
最初は優しく、やがて少しずつ力を込めて、コリをほぐすように指が動き始める。アンドロイドの指先は驚くほど器用で、絶妙な強さで筋肉を押し流してくれる。
「お加減はいかがですか〜?」
「……まぁまぁかな」
「も〜!そこはいい感じって褒めてよ!」
「はいはい……うん、気持ちいいよ。上手になったね」
「えへへ〜!ありがとっ!」
ボクは肩の感触に身を委ねながら、目を細める。
絶傑と呼ばれていた頃は、オフの時間も常に気を張り詰めていた。
トップアイドルであり続けるために、食事も睡眠も、スキンケアも、すべて完璧にこなしていた。様々な人に指示をして、支えさせて、ぼくはただひたすら、前だけを見ていた気がする。
でも、あの敗北の後は違う。食事は適当に買ってきて、ケアは最低限。ぼんやりとしたまま夜が更けていくことも多かった。
ララミアが来てから生活は変わったけど、今でも根本にあるのはたぶん、無気力と無関心なのかもしれない。
マッサージが終わると、洗面台の前に立ち、化粧水を手に取る。パシャパシャと頬に叩き込んでいると、背後からララミアの声が響いた。
「いつも思うけどさ、そんな綺麗な肌にケアが必要なの?」
「……っ!」
思わず手が止まる。鏡越しにララミアの無邪気な瞳が映る。ドキリと跳ねた胸の鼓動を落ち着けるために、ボクは一度深呼吸をしてから答える。
「……人前に立つ仕事は、見た目が大事だからね。何もしないと、すぐにボロが出るんだよ」
「ふ〜ん、そういうものなんだね」
ボクは鏡越しに彼女を見つめ、努めて平静を装いながら答えると、ララミアは大きく頷いた。
「でも、いざとなれば再臨させればいいよね!そうしたら新品同然だよ!」
「ははっ……。そういうこと、軽々しく言わないでね」
あっけらかんとした声に、苦笑いを浮かべる。もう一度倒して、再生させるなんて、そんな簡単に言わないでほしい。顔を引き攣らせながら、化粧水の蓋を閉めた。
ララミアは本当に好奇心旺盛だ。何故かオフのボクに興味津々で、些細なことにも首を突っ込んでくる。
例えば料理。ボクが買ってきた物の食材や調理法について、ことある毎に聞いてきた。
ファッション誌を眺めるだけで、「あなたなら、こっちの衣装も似合うかも」なんて言ってくる。髪型を変えただけで、まるで宝物でも見つけたように目を輝かせて喜び、真似し始めたことも。
煩わしくなる時もある。それなのに、ララミアと一緒にいると、何故かそれも悪くない気がして。
◆◆◆
就寝前。
ボクは適当な音楽を聴きながら横になっている。
適当に検索して引っかかった曲をぼんやりと聴いていると、いつの間にか隣で座っていたララミアも画面をのぞいていた。彼女の金髪がボクの視界を少し遮る。
「今日は何聴いてるの?」
「別に、適当だよ」
「どれどれ〜曲名は『Rue Inoubliable』……ララミア、検索開始〜!」
「……」
ボクは黙りこくって、瞳を閉じた。ララミアはボクの隣で、時々、こうして一緒に音楽を聴いたりする。最初こそ抵抗を感じたものの、今ではすっかり慣れてしまった。
「検索完了!ピアノが主体のインストゥルメンタルなんだね!BPMは100程度で──」
隣でブツブツ言っているが、その呟きは頭に入ってこなかった。ボクは聴き流す代わりに、音楽に合わせてフレーズをそっと口ずさむ。
「♪〜〜……」
ピアノのみの旋律に、ボイスの乗らない歌声が重なる。それはただのハミングだったけれど、不思議と気持ちを落ち着かせてくれる。
「♪〜〜…………」
今はオリジナル曲を出すことを止めた、というよりも出来なくなったボクだけど、こうして歌うこと自体は悪くないと感じている。たぶんそれが、細々とアイドルを続けている理由なのだろう。
「♪〜〜……ん?」
「…………」
途中でちょっとした違和感があり、ボクはハミングを止める。先ほどまでやかましかったララミアが、妙に静かなのだ。
横目でちらりと様子を見てみる。ララミアは何故か口を結び、神妙とした顔で固まっていた。
「どうかした?」
「……あっ!え、えぇっと、その……えへへ……」
ボクが声をかけると、ララミアはハッとして、そして誤魔化すような笑みを浮かべる。きっと何かしら考え事をしていて、没頭してしまったのだろう。元の体勢に戻ろうとした時──
「……あのね、シェナ」
不意に話しかけられ、ボクは片眉を上げてララミアへと顔を向けた。ララミアは真剣な表情でこちらを見つめている。
「実は私、歌や音楽って、細かい周波数の正弦波を重ね合わせただけの、単なる再現性のある振動だと思ってたんだ」
ララミアが窓を見上げる。その横顔はいつもの明るさではなく、どこか憂いを帯びていた。
「けど、改めて聴いてみると、不思議な感覚になるの。嬉しかったり、悲しかったり、楽しくなったり、時には高揚したり。よく分からない気持ちになって、何度も耳を澄ませちゃう」
ララミアは目を閉じた後、再びこちらを振り向く。その瞳には、普段の無邪気さではなく真剣さが宿っていた。
「これって、どうしてなんだろう。あなたならわかる?」
「…………」
ララミアの問いかけに、一瞬言葉を失う。正確な答えを求める彼女。だが、音楽に正確な答えはないと、ボクは知っている。
少し逡巡して、それから、ゆっくりと口を開いた。
「あくまで一般論だけど……音楽にはね、気持ちを込めることが多いんだ。聴く人に何かを伝えたくて、歌ったり、演奏したりすることもある」
「へえ……!」
ララミアはボクの一言一句に目を丸くしながら頷いた。そして、もう一度問い掛けてくる。
「それじゃあ、シェナが私と戦っていた時に歌ってた曲には、どんなメッセージを込めたの?」
「それは……」
ララミアが身を乗り出してくる。ボクは口を開こうとして、言葉が喉の奥で詰まった。
ボクは何を込めていたのか、今となっては、うまく説明できない。
……あの頃のボクは、何を伝えたかったのだろう。
「……みんなへの愛、かな」
「なるほどー!すごいね!やっぱりアイドルだ!」
「ははっ……そうだね。あはは……」
とりあえず、ありきたりな答えを返してみる。ララミアは素直に感心してくれて、ボクも笑みを浮かべていた。
けれど、ボクの笑顔は曖昧で、どこか乾いている。心の奥で、何かがぽつりと欠けている気がした。
本当は、もっと別のものを込めていた──けれど、それを今の自分は言葉にできない。
あの頃のボクの歌に宿っていたもの。それが何だったのか。
今はもう、思い出せそうにない。
◆◆◆
翌日の夜。
ボクはいつもの練習場所、人通りのない路地裏に足を向けた。
街灯がぽつりぽつりと薄暗い道を照らし、コンクリートの壁が音を反響させる。ここなら誰にも邪魔されずに、心ゆくまで身体を動かせる。
アイドル時代は違った。多数のトレーナーに囲まれ、数え切れないほどの感嘆の声と、的確な助言に包まれながら過ごしていた。スタジオには常に人がいて、ボクの一挙手一投足を見守ってくれていた。
けれど今は、以前のレッスンスタイルに戻る気になれない。最小限のトレーナーさんに助言をいただいた後、一人でのレッスンが増えていく。
「ワン、ツー、スリー、フォー……ワン、ツー、スリー……」
音楽を流し、ストリート系のビートに身を委ねる。腕を大きく振り上げ、足を踏み鳴らし、全身でリズムを刻んでいく。
汗が額から頬へと流れ落ち、Tシャツが肌に張り付く。息が荒くなり、心臓が激しく鼓動を打つ。
──それでも、胸の奥のモヤモヤは晴れない。
「ハァ……ハァ……!」
荒い呼吸の合間に、小さくため息をついて膝を抱える。この胸に広がる虚しさは、一体何なのだろうか。
歌えば、踊れば、満たされると思っていたのに。それで世界を変えてみせたはずなのに、今はもう、満たされることなどない気がしてくる。
「どうして、どうして──どうして?」
身体を捻り、腰を落とし、床を蹴って跳躍する。汗が宙に舞い散り、髪が激しく揺れる。筋肉が悲鳴を上げても、止まるわけにはいかない。
このまま踊り続ければ、きっと何かが変わる。そんな期待を抱きながら、足を動かし続ける。
「あっ……!」
無茶な動きをしたからか、足がもつれて地面に膝をついてしま。その衝撃が、ボクに冷たい現実を思い出させる。
ボクはもう『破壊の絶傑』ではなく、一介のアイドルなんだ。もう世界を破壊する力も、魅了する力も、失ってしまったんだと。
「クソッ……!もう一回だ……!」
悪態をつきながら立ち上がり、再び踊り始める。今度はより激しく、より情熱的に。腕を振り回し、足を叩きつけ、全身で音楽と格闘する。
汗が目に入り、視界がぼやける。それでも止まらない。止まれない。
それでも、頭を空っぽにしようとしても、何かが脳裏を埋め尽くす。眩しく綺麗な光が浮かんでは消えるのだ。
「……っ!なんで、なんでなんだよっ──!!!」
全身を大きく振り乱し、全力で叫ぶ。それはまるで、心の中の何かを追い出すような、必死な絶叫。その光を拒絶するように、一心不乱に踊り続ける。
「あの子とボクは……関係ないだろっ──!」
自分自身を否定するように叫んでみるも、むなしい響きがコンクリートの壁を跳ねて返っただけだった。やっぱり、あの子の存在を、無視することはできない。
「♪〜〜……!」
──やがて、口が勝手に動き始めた。
オリジナル曲の予定なんてない。楽譜も作っていない。なのに、身体の動きと共に、自然と歌詞が溢れ出してくる。
≪砕け散った翼じゃ どこへも飛べない──♪≫
「…………っ!」
あまりに悲観的な歌詞に、動きが止まる。自分でも驚くほど暗い内容に、戸惑いが胸を襲った。立ち止まり、深呼吸をして、最初から歌い直す。
≪砕け散った身体に 何が残る──♪≫
「あっ……!?なんで……」
また同じような歌詞が口をついて出る。困惑しながらも、その旋律に合わせて踊りを組み立てていく。腕を大きく広げ、虚空を掴むような仕草。足を踏み鳴らし、失ったものを探すような動き。
何度も、何度も始まりに戻る。歌を踊りに、踊りを歌に合わせていく。身体が勝手に反応し、心が勝手に歌詞を紡いでいく。
拒絶したいのに、どうしても紡いでしまう、暗い歌。その度に、ボクの頭の中には、あの子が居座る。光のように輝く笑みを向けてくる。キラキラと光る瞳に見つめられる。
(なんで……あの子の顔が浮かぶの……!)
それでも、湧き上がる熱に従うしかない自分を自覚しながら、もがき続ける。汗が床に滴り落ち、息が白く見えるほど激しく呼吸する。
この歌は何なのか。なぜ今、こんな歌詞が生まれるのか。
答えは見つからないまま、ボクは夜の路地裏で踊り続けた。星空の下、一人きりで。
◆◆◆
やがて曲と踊りが一つの形を成し始める。断片的だった歌詞とメロディーが、まるで運命に導かれるように組み上がっていく。
≪砕け散った誇りの欠片が♪≫
腕を大きく振り上げ、虚空を掴むような仕草で歌い上げる。足を踏み鳴らし、全身で感情を表現していく。
≪ボクの足元に転がってる♪≫
膝を折り、床に手をついて、失われたものを拾い上げるような動き。汗が頬を伝い落ち、息が荒くなる。
「……っ」
続くフレーズが胸を締め付ける。けれど、この想いを吐き出さずにはいられない。
≪見上げた夜空に輝く星座♪≫
≪手を伸ばしても届かない♪≫
天を仰ぎ、両手を高く掲げる。星空に向かって、切ない想いを込めて歌い上げる。指先を精一杯伸ばしても、何も掴めない虚しさ。その感情が歌声に滲み出る。
歌は次第に叫び声となり、嘆きとなって夜空に響いた。
≪あの光はこんなにも近くにいるのに♪≫
胸を押さえ、苦しげに身を屈める。近くにいるのに、遠い存在。その矛盾が心を引き裂く。
≪触れることさえ許されない距離で♪≫
手を伸ばしかけて、途中で止める。触れたいのに触れられない、その切なさが全身を震わせる。やがて目から涙が滲み始める。感情が溢れ出し、もう止められない。
≪もしもボクがその名前を呼んだなら♪≫
声が震え、歌詞が途切れそうになる。それでも歌い続けるしかない。ボクはこの気持ちを、どこにも行き場のない想いを、歌わなければいけないと強く思うから。
≪きっと全てが崩れ落ちてしまう──♪≫
最後のフレーズを力の限り歌った瞬間、大きな感情が胸を満たして涙となって溢れ出し、一雫の煌めきを空中に落とす。
「あっ……!ああ……っ!」
力が抜けて地面に倒れ込む。自然と紡がれた歌詞によって、自分の本心を突きつけられてしまった。
紡いだ直後だけ、胸の奥で暖かいものが溢れた。けれど、すぐに現実が襲いかかる。
あの眩しい光との間には、埋めようのない差がある。並び立つ資格なんて、ボクにはない。
「あああああ……!」
慟哭が夜の静寂を破る。その声は誰にも届かず、ただ虚しく路地裏に響くだけ。コンクリートの壁が冷たく感情を跳ね返し、星空だけが静かにボクを見つめていた。
「あああああ……!!!あああ……あああああああ!!!!」
涙で濡れた頬に夜風が当たり、ひんやりとした感触が肌を撫でていく。ボクはそのまま地面に横たわり、空を見上げ続けた。
星たちは何も語らず、ただ美しく瞬いている。
◆◆◆
泣いた跡をメイクで隠し、自宅へと足を向ける。鏡で確認した限りでは、いつもの『リーシェナ』に見えるはずだ。
「ただいま〜……」
扉を開けると、いつものようにララミアが出迎えてくれた。
「あっ……!え、えっと、おかえり!お風呂、沸いてるよ!」
彼女の明るい声に頷きながら、ふと違和感を覚える。いつもより少しソワソワしているように見えた。視線が泳いでいるし、手をもじもじと動かしている。
「ありがとう。すぐに入るね」
風呂で汗を流し、髪を洗いながら、ララミアの様子を思い返す。どんな時でも明るくて、高い演算能力を持つアンドロイド。そんな彼女にしては、珍しく落ち着きがない。
「何かあったのかな……?」
ボディタオルで身体を洗う間も、シャワーを流しっ放しの間にも。バスタオルで拭きながら服を身に着ける間も、頭はララミアのことでいっぱいに満ちていた。
「はーい。出たよー」
「う、うん!ご飯できてるよー!」
風呂から上がり、リビングに戻ると、食卓には温かい食事が並んでいた。湯気が立ち上るシチューの香りが鼻をくすぐる。料理もいつも通り見事な出来栄え。問題はないと考えながら、席に座る。
「いただきます」
スプーンでシチューをすくい、口に運ぼうとした瞬間──
「あっ、熱い!」
「…………っ!ご、ごめんね!」
思わず舌を出してしまう。予想以上に熱くて、口の中がヒリヒリした。ララミアが慌てたように立ち上がる。
「実はシチューを焦がしちゃって……処分して、作り直したから、熱いまま出しちゃった……」
「あー……。別に気にしないで、冷まして食べれば問題ないから」
「う、うん……。でも、せめて、冷水とか用意すれば良かったかも。ごめんね……」
しゅんとうつむいてしまう彼女。その落ち込んだ様子があまりにかわいそうだったが、ボクの懸念は拡大していく。
彼女の謝罪の仕方が、どこか不自然だ。普段のララミアなら、もっと堂々としているはず。今の彼女は、普通の彼女じゃない。
この慌てぶりは、何か別の理由があるように思える。そして、同居人が抱えているのものがあるのなら、それを知りたいと思った。それを手助けしたいと思った。だから、ボクは──
「ララミア」
「な、なに?」
スプーンを置き、彼女の顔をじっと見つめる。
「何か隠してない?」
「……っ!!」
その問いかけに、ララミアの肩がぴくりと跳ねた。彼女の視線はあっちこっちと泳いでいて、それが答えを物語っているように感じられた。
(……やっぱり)
確信して、ボクは言葉を続けた。なるべく穏やかな口調で。
「言ってみてほしいな」
ボクはララミアを見つめる。するとララミアは観念したように大きく息をつくと──
「リーシェナの方こそ、隠し事があるんじゃない?」
「……?」
逆にボクへ問い返してきて、胸がドキリとする。ララミアは神妙な表情になり、小さく息を吐いた。
「実は……さっきのレッスン、覗き見しちゃった」
「えっ」
心臓が止まりそうになる。まさか見られていたなんて。
「あの歌……メッセージが込められてるよね?歌には何かの気持ちが込められてるって、教えてくれたし」
「それは──……」
ララミアの指摘に、胸の奥で何かが跳ね上がった。バレてしまった。あの歌詞の意味を、彼女に知られてしまったのかと。
「断片的にしか聞き取れなかったけど、あの曲を聴いたとき、言葉にできない気持ちになったの。胸がキュッとして、辛くなるような、ズーンってなる気持ち」
断片的にしか聞き取れてないのであれば、問題はなさそうだ──なんて、少し安堵するボクの瞳を、ララミアの瞳が真剣に見つめ続けている。
「もう一度よく聴いて、その時の気持ちを再認識したいの」
「…………」
沈黙が食卓を支配する。ボクはあの曲の本当の意味を知っている。だからこそ、何も言えない。
しばらくの静寂の後、ララミアが優しく微笑んだ。
「とりあえず、食べよっか?」
そして少し間を置いて、小さく付け加える。
「その後……ね?」
「……うん」
ボクは無言で頷き、冷めかけたシチューをスプーンで口に運んだ。
味はいつも通り美味しいのに、なぜか喉を通らない気がした。
◆◆◆
ボクはいつもの練習場所、人通りのない路地裏に足を向けた。
街灯がぽつりぽつりと薄暗い道を照らし、コンクリートの壁が音を反響させる。ここなら誰にも邪魔されずに、心ゆくまで身体を動かせる。
アイドル時代は違った。多数のトレーナーに囲まれ、数え切れないほどの感嘆の声と、的確な助言に包まれながら過ごしていた。スタジオには常に人がいて、ボクの一挙手一投足を見守ってくれていた。
けれど今は、以前のレッスンスタイルに戻る気になれない。最小限のトレーナーさんに助言をいただいた後、一人でのレッスンが増えていく。
「ワン、ツー、スリー、フォー……ワン、ツー、スリー……」
音楽を流し、ストリート系のビートに身を委ねる。腕を大きく振り上げ、足を踏み鳴らし、全身でリズムを刻んでいく。
汗が額から頬へと流れ落ち、Tシャツが肌に張り付く。息が荒くなり、心臓が激しく鼓動を打つ。
──それでも、胸の奥のモヤモヤは晴れない。
「ハァ……ハァ……!」
荒い呼吸の合間に、小さくため息をついて膝を抱える。この胸に広がる虚しさは、一体何なのだろうか。
歌えば、踊れば、満たされると思っていたのに。それで世界を変えてみせたはずなのに、今はもう、満たされることなどない気がしてくる。
「どうして、どうして──どうして?」
身体を捻り、腰を落とし、床を蹴って跳躍する。汗が宙に舞い散り、髪が激しく揺れる。筋肉が悲鳴を上げても、止まるわけにはいかない。
このまま踊り続ければ、きっと何かが変わる。そんな期待を抱きながら、足を動かし続ける。
「あっ……!」
無茶な動きをしたからか、足がもつれて地面に膝をついてしま。その衝撃が、ボクに冷たい現実を思い出させる。
ボクはもう『破壊の絶傑』ではなく、一介のアイドルなんだ。もう世界を破壊する力も、魅了する力も、失ってしまったんだと。
「クソッ……!もう一回だ……!」
悪態をつきながら立ち上がり、再び踊り始める。今度はより激しく、より情熱的に。腕を振り回し、足を叩きつけ、全身で音楽と格闘する。
汗が目に入り、視界がぼやける。それでも止まらない。止まれない。
それでも、頭を空っぽにしようとしても、何かが脳裏を埋め尽くす。眩しく綺麗な光が浮かんでは消えるのだ。
「……っ!なんで、なんでなんだよっ──!!!」
全身を大きく振り乱し、全力で叫ぶ。それはまるで、心の中の何かを追い出すような、必死な絶叫。その光を拒絶するように、一心不乱に踊り続ける。
「あの子とボクは……関係ないだろっ──!」
自分自身を否定するように叫んでみるも、むなしい響きがコンクリートの壁を跳ねて返っただけだった。やっぱり、あの子の存在を、無視することはできない。
「♪〜〜……!」
──やがて、口が勝手に動き始めた。
オリジナル曲の予定なんてない。楽譜も作っていない。なのに、身体の動きと共に、自然と歌詞が溢れ出してくる。
≪砕け散った翼じゃ どこへも飛べない──♪≫
「…………っ!」
あまりに悲観的な歌詞に、動きが止まる。自分でも驚くほど暗い内容に、戸惑いが胸を襲った。立ち止まり、深呼吸をして、最初から歌い直す。
≪砕け散った身体に 何が残る──♪≫
「あっ……!?なんで……」
また同じような歌詞が口をついて出る。困惑しながらも、その旋律に合わせて踊りを組み立てていく。腕を大きく広げ、虚空を掴むような仕草。足を踏み鳴らし、失ったものを探すような動き。
何度も、何度も始まりに戻る。歌を踊りに、踊りを歌に合わせていく。身体が勝手に反応し、心が勝手に歌詞を紡いでいく。
拒絶したいのに、どうしても紡いでしまう、暗い歌。その度に、ボクの頭の中には、あの子が居座る。光のように輝く笑みを向けてくる。キラキラと光る瞳に見つめられる。
(なんで……あの子の顔が浮かぶの……!)
それでも、湧き上がる熱に従うしかない自分を自覚しながら、もがき続ける。汗が床に滴り落ち、息が白く見えるほど激しく呼吸する。
この歌は何なのか。なぜ今、こんな歌詞が生まれるのか。
答えは見つからないまま、ボクは夜の路地裏で踊り続けた。星空の下、一人きりで。
◆◆◆
やがて曲と踊りが一つの形を成し始める。断片的だった歌詞とメロディーが、まるで運命に導かれるように組み上がっていく。
≪砕け散った誇りの欠片が♪≫
腕を大きく振り上げ、虚空を掴むような仕草で歌い上げる。足を踏み鳴らし、全身で感情を表現していく。
≪ボクの足元に転がってる♪≫
膝を折り、床に手をついて、失われたものを拾い上げるような動き。汗が頬を伝い落ち、息が荒くなる。
「……っ」
続くフレーズが胸を締め付ける。けれど、この想いを吐き出さずにはいられない。
≪見上げた夜空に輝く星座♪≫
≪手を伸ばしても届かない♪≫
天を仰ぎ、両手を高く掲げる。星空に向かって、切ない想いを込めて歌い上げる。指先を精一杯伸ばしても、何も掴めない虚しさ。その感情が歌声に滲み出る。
歌は次第に叫び声となり、嘆きとなって夜空に響いた。
≪あの光はこんなにも近くにいるのに♪≫
胸を押さえ、苦しげに身を屈める。近くにいるのに、遠い存在。その矛盾が心を引き裂く。
≪触れることさえ許されない距離で♪≫
手を伸ばしかけて、途中で止める。触れたいのに触れられない、その切なさが全身を震わせる。やがて目から涙が滲み始める。感情が溢れ出し、もう止められない。
≪もしもボクがその名前を呼んだなら♪≫
声が震え、歌詞が途切れそうになる。それでも歌い続けるしかない。ボクはこの気持ちを、どこにも行き場のない想いを、歌わなければいけないと強く思うから。
≪きっと全てが崩れ落ちてしまう──♪≫
最後のフレーズを力の限り歌った瞬間、大きな感情が胸を満たして涙となって溢れ出し、一雫の煌めきを空中に落とす。
「あっ……!ああ……っ!」
力が抜けて地面に倒れ込む。自然と紡がれた歌詞によって、自分の本心を突きつけられてしまった。
紡いだ直後だけ、胸の奥で暖かいものが溢れた。けれど、すぐに現実が襲いかかる。
あの眩しい光との間には、埋めようのない差がある。並び立つ資格なんて、ボクにはない。
「あああああ……!」
慟哭が夜の静寂を破る。その声は誰にも届かず、ただ虚しく路地裏に響くだけ。コンクリートの壁が冷たく感情を跳ね返し、星空だけが静かにボクを見つめていた。
「あああああ……!!!あああ……あああああああ!!!!」
涙で濡れた頬に夜風が当たり、ひんやりとした感触が肌を撫でていく。ボクはそのまま地面に横たわり、空を見上げ続けた。
星たちは何も語らず、ただ美しく瞬いている。
◆◆◆
泣いた跡をメイクで隠し、自宅へと足を向ける。鏡で確認した限りでは、いつもの『リーシェナ』に見えるはずだ。
「ただいま〜……」
扉を開けると、いつものようにララミアが出迎えてくれた。
「あっ……!え、えっと、おかえり!お風呂、沸いてるよ!」
彼女の明るい声に頷きながら、ふと違和感を覚える。いつもより少しソワソワしているように見えた。視線が泳いでいるし、手をもじもじと動かしている。
「ありがとう。すぐに入るね」
風呂で汗を流し、髪を洗いながら、ララミアの様子を思い返す。どんな時でも明るくて、高い演算能力を持つアンドロイド。そんな彼女にしては、珍しく落ち着きがない。
「何かあったのかな……?」
ボディタオルで身体を洗う間も、シャワーを流しっ放しの間にも。バスタオルで拭きながら服を身に着ける間も、頭はララミアのことでいっぱいに満ちていた。
「はーい。出たよー」
「う、うん!ご飯できてるよー!」
風呂から上がり、リビングに戻ると、食卓には温かい食事が並んでいた。湯気が立ち上るシチューの香りが鼻をくすぐる。料理もいつも通り見事な出来栄え。問題はないと考えながら、席に座る。
「いただきます」
スプーンでシチューをすくい、口に運ぼうとした瞬間──
「あっ、熱い!」
「…………っ!ご、ごめんね!」
思わず舌を出してしまう。予想以上に熱くて、口の中がヒリヒリした。ララミアが慌てたように立ち上がる。
「実はシチューを焦がしちゃって……処分して、作り直したから、熱いまま出しちゃった……」
「あー……。別に気にしないで、冷まして食べれば問題ないから」
「う、うん……。でも、せめて、冷水とか用意すれば良かったかも。ごめんね……」
しゅんとうつむいてしまう彼女。その落ち込んだ様子があまりにかわいそうだったが、ボクの懸念は拡大していく。
彼女の謝罪の仕方が、どこか不自然だ。普段のララミアなら、もっと堂々としているはず。今の彼女は、普通の彼女じゃない。
この慌てぶりは、何か別の理由があるように思える。そして、同居人が抱えているのものがあるのなら、それを知りたいと思った。それを手助けしたいと思った。だから、ボクは──
「ララミア」
「な、なに?」
スプーンを置き、彼女の顔をじっと見つめる。
「何か隠してない?」
「……っ!!」
その問いかけに、ララミアの肩がぴくりと跳ねた。彼女の視線はあっちこっちと泳いでいて、それが答えを物語っているように感じられた。
(……やっぱり)
確信して、ボクは言葉を続けた。なるべく穏やかな口調で。
「言ってみてほしいな」
ボクはララミアを見つめる。するとララミアは観念したように大きく息をつくと──
「リーシェナの方こそ、隠し事があるんじゃない?」
「……?」
逆にボクへ問い返してきて、胸がドキリとする。ララミアは神妙な表情になり、小さく息を吐いた。
「実は……さっきのレッスン、覗き見しちゃった」
「えっ」
心臓が止まりそうになる。まさか見られていたなんて。
「あの歌……メッセージが込められてるよね?歌には何かの気持ちが込められてるって、教えてくれたし」
「それは──……」
ララミアの指摘に、胸の奥で何かが跳ね上がった。バレてしまった。あの歌詞の意味を、彼女に知られてしまったのかと。
「断片的にしか聞き取れなかったけど、あの曲を聴いたとき、言葉にできない気持ちになったの。胸がキュッとして、辛くなるような、ズーンってなる気持ち」
断片的にしか聞き取れてないのであれば、問題はなさそうだ──なんて、少し安堵するボクの瞳を、ララミアの瞳が真剣に見つめ続けている。
「もう一度よく聴いて、その時の気持ちを再認識したいの」
「…………」
沈黙が食卓を支配する。ボクはあの曲の本当の意味を知っている。だからこそ、何も言えない。
しばらくの静寂の後、ララミアが優しく微笑んだ。
「とりあえず、食べよっか?」
そして少し間を置いて、小さく付け加える。
「その後……ね?」
「……うん」
ボクは無言で頷き、冷めかけたシチューをスプーンで口に運んだ。
味はいつも通り美味しいのに、なぜか喉を通らない気がした。
◆◆◆
食事を終えると、二人でソファに並んで座る。
ボクたちの間に会話はなくて、ただ時計の針だけが静かに時を刻んでいる。
やがて、ララミアが真剣な表情でボクを見つめてきた。
「それじゃあ、あの歌の続きを聞かせて」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。でも、彼女の瞳には純粋な好奇心と、何か温かいものが宿っている気がした。
「……分かった」
深呼吸をして、静かに歌い始める。
≪砕け散った誇りの欠片が♪≫
≪ボクの足元に転がってる♪≫
≪見上げた夜空に輝く星座♪≫
≪手を伸ばしても届かない♪≫
最初の4フレーズを歌い終えると、ララミアが息を呑む音が聞こえた。次の4フレーズを歌う直前、手が震える。
拒絶されるかもしれない。変な子だと思われるかもしれない。この想いを知られたら、今の関係が壊れてしまうかもしれない。
「……無理だったら、いいよ?」
でも、目の前にいるララミアを見ると、温かい気持ちが込み上げてくる。
「ううん、歌わせて」
そんな奔流に背中を押され、残りを歌い続ける。
≪あの光はこんなにも近くにいるのに♪≫
≪触れることさえ許されない距離で♪≫
≪もしもボクがその名前を呼んだなら♪≫
≪きっと全てが崩れ落ちてしまう──♪≫
歌い終わった後、ララミアがどんな表情をしているか恐る恐る顔色を窺う。
すると、彼女は頬を赤く染め、唇をきゅっと結んでいた。思いもよらない表情に、心臓がトクンと大きく鳴る。
静寂が部屋を包む。やがて、ララミアがぽつりと口を開いた。
「あの時──私と戦った時のこと、覚えてる?」
頷くと、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。
「勝てたのは、たぶん、君の歌のおかげ。実はあの歌を聞いてたボクは、すごく高揚して、力がみなぎった気がしたんだ」
「えっ……」
ボクは目を丸くしてしまう。ララミアは自分の手を見つめ、静かに続ける。
「この現象を解明する為、後から録音を聴いてみたの。でも、同程度の効果は得られなかったんだ。それがずっと不思議だった」
「……?」
困惑するボクに向かって、ララミアは柔らかな声で伝える。
「でも今、君の歌を目の前で聞いていると……あの時と同じ高揚感がある。いや、それ以上かもしれない」
恥じらいを含んだ声が、部屋の空気を震わせる。そして顔を上げると、彼女の碧色の双眸がボクを捉えた。
「きっと、歌っている君の、その側にいると……私は、すごく、すごく高揚するんだと思う。それが私の、分析結果」
「…………っ」
照れ隠しのように、ララミアは小さく肩をすくめた。その仕草を見ているだけで、胸の鼓動がどんどん早くなってくる。
ボクの中からも、気持ちが止めどなく溢れてくる。その言葉を持つ意味を、分かってしまったから。
しばしの沈黙が流れる。お互いに顔を見合わせ、どちらからともなく、ふっと笑いが零れた。緊張の糸が切れ、二人の間に温かな空気が流れ込む。
「なんだか、変なの」
「うん、変だね」
笑い合いながら、ボクは心の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。
彼女の隣で初めて、素直な自分を見せられたかもしれない。
◆◆◆
やがて、ボクらの間に沈黙が降りてくる。
笑い声が消えた後、お互いの存在をより強く意識してしまう。視線を合わせようとしても、なぜかおぼつかない。それでも喉の奥に詰まった言の葉を押し出し、絞り出すように呟く。
「……ねぇ」
「……なーに?」
「君のこと、もっと知りたいな」
ボクの声は、いつもより少しかすれていた。
「……私も、もっとシェナのことを知りたいな」
ララミアの返事も、普段の明るさとは違う、柔らかな響きを持っている。
再び沈黙が訪れる。でも今度は、気まずいものではない。
むしろ、何かが始まりそうな予感に満ちた静寂。目線が合わないのに、お互いの存在がこれほど近くに感じられるなんて。
ふと、ララミアの指先がソファの上でボクの手に触れた。ほんの一瞬、羽毛が頬を撫でるような軽やかさ。それなのに、その瞬間、電流のような感覚が腕を駆け上がる。
ボクも恐る恐る、彼女の手首に指を這わせてみる。アンドロイドなのに、なぜこんなに温かいのだろう。ララミアの肩が小さく震えた。
今度は彼女が、ボクの膝にそっと手を置く。その重みは羽根のように軽いのに、まるで焼き印を押されたかのように熱い。ボクの心臓が早鐘を打ち始める。
お返しとばかりに、ボクは彼女の肩に手を置いてみる。華奢な肩の線が、手のひらを通して伝わってくる。ララミアが小さく息を呑む音が聞こえた。
彼女の指が、今度はボクの頬に触れる。頬を撫でるというより、確かめるような、慈しむような触れ方。その優しさに、胸の奥が熱くなる。
ボクも彼女の頬に手を伸ばす。絹のように滑らかな肌。指先に伝わる微かな温もりに、思わず息が浅くなった。
こんな小さな触れ合いなのに、全身が火照ってくる。お互いに恥ずかしくて、でも離れたくなくて。もどかしくて、でも急ぎたくない。
ララミアの手が、今度はボクの手を包み込む。指と指が絡み合い、手のひら同士が重なる。こんなに単純な動作なのに、なぜこんなにも胸が苦しいのだろう。
「シェナ……」
彼女が小さく名前を呼ぶ。その声には、甘い響きが混じっている。
「ララミア……」
ボクも彼女の名前を呼び返す。初めて、こんなに愛おしさを込めて。
やがて、絡み合っていた指先が解かれ、ボクらは見つめ合う。
部屋にはお互いの息遣いだけが聞こえ、その音すらも甘美な背景音楽のように感じられた。
ララミアの大きな瞳は潤み、輝いていて、まるで夜空の星を閉じ込めたかのようだ。ボクの目もきっと、同じように潤んでいるのだろう。
どちらからともなく、顔が近づいていく。何かに引かれるように、無意識のうちに。
そして、唇は自然に重なった。
柔らかくて、温かくて、少しだけ甘い。初めての感触に、全身の血が沸騰するような感覚を覚える。
一瞬の触れ合い。
それなのに、世界が色鮮やかに変わっていくようで。
◆◆◆
ボクたちの間に会話はなくて、ただ時計の針だけが静かに時を刻んでいる。
やがて、ララミアが真剣な表情でボクを見つめてきた。
「それじゃあ、あの歌の続きを聞かせて」
その言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。でも、彼女の瞳には純粋な好奇心と、何か温かいものが宿っている気がした。
「……分かった」
深呼吸をして、静かに歌い始める。
≪砕け散った誇りの欠片が♪≫
≪ボクの足元に転がってる♪≫
≪見上げた夜空に輝く星座♪≫
≪手を伸ばしても届かない♪≫
最初の4フレーズを歌い終えると、ララミアが息を呑む音が聞こえた。次の4フレーズを歌う直前、手が震える。
拒絶されるかもしれない。変な子だと思われるかもしれない。この想いを知られたら、今の関係が壊れてしまうかもしれない。
「……無理だったら、いいよ?」
でも、目の前にいるララミアを見ると、温かい気持ちが込み上げてくる。
「ううん、歌わせて」
そんな奔流に背中を押され、残りを歌い続ける。
≪あの光はこんなにも近くにいるのに♪≫
≪触れることさえ許されない距離で♪≫
≪もしもボクがその名前を呼んだなら♪≫
≪きっと全てが崩れ落ちてしまう──♪≫
歌い終わった後、ララミアがどんな表情をしているか恐る恐る顔色を窺う。
すると、彼女は頬を赤く染め、唇をきゅっと結んでいた。思いもよらない表情に、心臓がトクンと大きく鳴る。
静寂が部屋を包む。やがて、ララミアがぽつりと口を開いた。
「あの時──私と戦った時のこと、覚えてる?」
頷くと、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。
「勝てたのは、たぶん、君の歌のおかげ。実はあの歌を聞いてたボクは、すごく高揚して、力がみなぎった気がしたんだ」
「えっ……」
ボクは目を丸くしてしまう。ララミアは自分の手を見つめ、静かに続ける。
「この現象を解明する為、後から録音を聴いてみたの。でも、同程度の効果は得られなかったんだ。それがずっと不思議だった」
「……?」
困惑するボクに向かって、ララミアは柔らかな声で伝える。
「でも今、君の歌を目の前で聞いていると……あの時と同じ高揚感がある。いや、それ以上かもしれない」
恥じらいを含んだ声が、部屋の空気を震わせる。そして顔を上げると、彼女の碧色の双眸がボクを捉えた。
「きっと、歌っている君の、その側にいると……私は、すごく、すごく高揚するんだと思う。それが私の、分析結果」
「…………っ」
照れ隠しのように、ララミアは小さく肩をすくめた。その仕草を見ているだけで、胸の鼓動がどんどん早くなってくる。
ボクの中からも、気持ちが止めどなく溢れてくる。その言葉を持つ意味を、分かってしまったから。
しばしの沈黙が流れる。お互いに顔を見合わせ、どちらからともなく、ふっと笑いが零れた。緊張の糸が切れ、二人の間に温かな空気が流れ込む。
「なんだか、変なの」
「うん、変だね」
笑い合いながら、ボクは心の奥にあった重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。
彼女の隣で初めて、素直な自分を見せられたかもしれない。
◆◆◆
やがて、ボクらの間に沈黙が降りてくる。
笑い声が消えた後、お互いの存在をより強く意識してしまう。視線を合わせようとしても、なぜかおぼつかない。それでも喉の奥に詰まった言の葉を押し出し、絞り出すように呟く。
「……ねぇ」
「……なーに?」
「君のこと、もっと知りたいな」
ボクの声は、いつもより少しかすれていた。
「……私も、もっとシェナのことを知りたいな」
ララミアの返事も、普段の明るさとは違う、柔らかな響きを持っている。
再び沈黙が訪れる。でも今度は、気まずいものではない。
むしろ、何かが始まりそうな予感に満ちた静寂。目線が合わないのに、お互いの存在がこれほど近くに感じられるなんて。
ふと、ララミアの指先がソファの上でボクの手に触れた。ほんの一瞬、羽毛が頬を撫でるような軽やかさ。それなのに、その瞬間、電流のような感覚が腕を駆け上がる。
ボクも恐る恐る、彼女の手首に指を這わせてみる。アンドロイドなのに、なぜこんなに温かいのだろう。ララミアの肩が小さく震えた。
今度は彼女が、ボクの膝にそっと手を置く。その重みは羽根のように軽いのに、まるで焼き印を押されたかのように熱い。ボクの心臓が早鐘を打ち始める。
お返しとばかりに、ボクは彼女の肩に手を置いてみる。華奢な肩の線が、手のひらを通して伝わってくる。ララミアが小さく息を呑む音が聞こえた。
彼女の指が、今度はボクの頬に触れる。頬を撫でるというより、確かめるような、慈しむような触れ方。その優しさに、胸の奥が熱くなる。
ボクも彼女の頬に手を伸ばす。絹のように滑らかな肌。指先に伝わる微かな温もりに、思わず息が浅くなった。
こんな小さな触れ合いなのに、全身が火照ってくる。お互いに恥ずかしくて、でも離れたくなくて。もどかしくて、でも急ぎたくない。
ララミアの手が、今度はボクの手を包み込む。指と指が絡み合い、手のひら同士が重なる。こんなに単純な動作なのに、なぜこんなにも胸が苦しいのだろう。
「シェナ……」
彼女が小さく名前を呼ぶ。その声には、甘い響きが混じっている。
「ララミア……」
ボクも彼女の名前を呼び返す。初めて、こんなに愛おしさを込めて。
やがて、絡み合っていた指先が解かれ、ボクらは見つめ合う。
部屋にはお互いの息遣いだけが聞こえ、その音すらも甘美な背景音楽のように感じられた。
ララミアの大きな瞳は潤み、輝いていて、まるで夜空の星を閉じ込めたかのようだ。ボクの目もきっと、同じように潤んでいるのだろう。
どちらからともなく、顔が近づいていく。何かに引かれるように、無意識のうちに。
そして、唇は自然に重なった。
柔らかくて、温かくて、少しだけ甘い。初めての感触に、全身の血が沸騰するような感覚を覚える。
一瞬の触れ合い。
それなのに、世界が色鮮やかに変わっていくようで。
◆◆◆
「あっ……!」
「ごめん、つい……っ!」
はっと我に返り、勢いよく顔を離す。お互いに顔を真っ赤に染め、誤魔化すように笑い合った。
「あ、あはは……びっくりしたね」
「うん、びっくり……した」
互いに視線を床に落とす。でも、すぐにチラチラと上目遣いに相手の顔を盗み見てしまう。目が合うと、また慌てて視線を逸らす。
ボクは手持ち無沙汰になって髪をかきあげる仕草をする。一方の彼女は、もじもじとした様子で頬を掻く。
そんなことを繰り返しながら、胸の高鳴りは一向に収まらない。
そして、どちらからともなく、もう一度顔が近づいた。今度は少し角度をつけながら、優しく口づける。
「ん……っ」
「んん……っ」
先ほどよりも長く、お互いのぬくもりを確かめ合うように唇を交わす。鼓動が加速していく。体中を駆け巡る血が沸き立つ。
さっきよりも深く、長く、お互いを求めるように。何度も何度も角度を変え、貪るように重ね合わせる。
「ぷはっ……!あ……っ!」
「ん、く……っ!……んんっ……!」
離れて、また求めて、また離れてを繰り返し、その度に漏れる吐息は熱く甘い。もつれ合う口付けの合間に、蕩けるように見つめああう。
「はぁ、はぁ……っ」
「ふぅ、ふう……っ」
やがて、ゆっくりと唇を離し、お互いを確認するように見つめ合う。二人とも肩で息をしていて、熱っぽく潤んだ瞳が相手を見据える。
「なんか……ドキドキしちゃうね」
「そうだね……すごくドキドキした……」
この胸の高鳴りと、燃えるような想いは、間違いなく本物だと感じられた。
もっとドキドキしてみたい。もっと知りたい。もっと、行けるところまで行きたい。そう考えたボクは──
「あ、あーっ!な、なんか〜暑くなってきちゃったな〜?」
「……?」
わざとらしく、自分の胸元を手でパタパタと仰ぎながら言った。ララミアは不思議そうに首を傾げる。
「えっ、どうしたの……?部屋の温度は適温で──」
「そ、そう!そう!そうだけど〜!なんか、汗かいちゃったよね〜?」
「うん……?」
彼女が言い終わらないうちに、話題を打ち切った。それはある意味で作り話。けれど、身体が火照ってしょうがないというのは本当。
「ね、ねぇ、もっと、『薄着』になっちゃ駄目かな!?」
「……あっ!」
精一杯の勇気を振り絞って伝えたボクの言葉と、片手が自分自身の服の裾をぎゅっと掴んでいるのに気がつくと、ララミアはぱっと両手を口に当てて小さな悲鳴を上げる。ようやく気が付いてくれたみたい。
「そ、そうだね〜?わ、私も暑い、かな〜?」
「あはは、そ、そうだよねぇ〜。あはは……」
彼女もまた、わざとらしく自分の服の裾を掴みながら答える。その仕草が可愛らしくて、愛おしくて、たまらない。
部屋の温度が、上昇しているのを感じる。
それはきっと、ボクたちのせいだ。
◆◆◆
布が擦れて落ちる音が部屋に何度も響いた。
部屋の隅には小さな布の隆起が形成されている。
「ねえ、シェナ」
「うん」
ボクたちはベッドで身を寄せ合っていた。ララミアの声は吐息のように甘く、ボクの耳をくすぐる。彼女の白い肌は汗でキラキラと輝いて、まるで真珠のようだ。
「本当に、あついね……」
「うん。あつい……」
ボクも囁くように答えると、彼女の指先がボクの首筋をそっと撫でた。ぞくりとするような快感が背筋を駆け上がる。
部屋の中は、二人分の体温と、甘い香りで満たされていく。じっとりとした湿度が肌に纏わりつくようだ。
「シェナの肌……すべすべ……」
彼女の手のひらが、ボクの肩から腕へとゆっくりと滑り落ちる。その感触があまりにも心地よくて、思わず目を閉じてしまう。
「ララミアだって……まるでシルクみたい……触ってると、溶けちゃいそう……」
「えへへ、ありがと……」
ボクの手もまた、彼女の滑らかな背中を確かめるように彷徨う。華奢な肩甲骨のラインが、指先に愛おしい。汗ばんだ肌同士が触れ合うたびに、小さな火花が散るような感覚。
「んっ……シェナ、もっとぉ……んっ」
ララミアが甘えたような声を出す。その声に煽られるように、ボクは彼女の唇を再び求めた。今度はもっと深く、もっと貪欲に。お互いの唾液が混ざり合い、熱い息が絡み合う。
「ぷはっ……こんな気持ち、初めて……」
「私も……なんだか、胸がいっぱいで……壊れちゃいそう……」
彼女の瞳は熱っぽく潤み、ボクを映している。その瞳に見つめられると、何もかも曝け出してしまいたくなる。
「大丈夫……ボクが受け止めてあげるから……全部……」
「うん、ありがと」
どちらからともなく、肌と肌が触れ合う面積が増えていく。汗で湿った髪が頬に張り付き、相手の鼓動が自分のことのように伝わってくる。
「ねえ……ここ……ドキドキしてるね……」
「君のもだよ……ララミア……同じくらい……」
ララミアがボクの胸にそっと耳を当てる。触れ合う肌の熱さ、絡み合う指の強さ、重なる吐息の甘さ。言葉はもう必要なかった。
ただ、お互いの存在を確かめ合うように、何度も何度も唇を重ね、肌を寄せ合う。
窓の外の星明かりだけが、静かにボクたちを照らしていた。
◆◆◆
熱に浮かされたような時間が続く中、ララミアの指先が、ボクの身体の、より敏感な場所へと滑り込んできた。
それはまるで、禁断の果実に触れるかのような、ためらいと好奇心が入り混じった手つき。
「んぅっ……!」
予期せぬ刺激に、思わず甲高い声が漏れてしまう。自分一人で慰めていた時とは比べ物にならないほどの鋭い快感が、脳天を貫く。指がゆっくりと、内側をなぞるように動くたび、身体がビクンと跳ねる。
「シェナってここ、弱いんだね〜?」
「っ……うるさい……っ……!」
ララミアが耳元で囁きながら、意地悪くニヤリと笑う。その小悪魔的な表情に、悔しさと同時に、もっと求めたいという欲望が湧き上がってくる。
負けじとボクも、彼女の身体の秘密の場所へと指を伸ばす。少し湿り気を帯びたそこは、驚くほど柔らかく、そして熱い。
「キミのここだって……すごくよく作り込まれてるね?まるで本物みたい……」
「ひゃん……!シェ、シェナの、えっち……!」
ボクが指先で優しく、花弁をなぞるように触れると、ララミアの肩が小さく震えた。
彼女の声は上擦り、顔は真っ赤になっている。その反応が可愛らしくて、もっと意地悪したくなってしまう。
「お互い様でしょ?ほら、もっとしてあげる……」
「ひゃぅっ!」
ボクは指を一本、そっと彼女の内側へと滑り込ませると、ララミアは短い悲鳴を上げた。きつく締まる内壁が、ボクの指を歓迎するように脈打っている。
「どう?気持ちいい……?」
「んんっ……シェナの指……あったかくて……変な感じ……っ」
「それならよかっ──んっ……!」
ララミアも負けじと、ボクの敏感な一点を指先で優しくこする。まるで琴の弦を弾くように、繊細に、そして的確に。そのたびに、甘い痺れが身体中に広がっていく。
「ああっ、あっ……!やぁぁ〜……!」
「ふふっ、かわいいよ」
二人分の吐息と、くぐもった嬌声が部屋に満ちる。汗ばんだ肌が擦れ合い、指先が互いの最も柔らかな場所を探り合う。
最初はためらいがちだった指の動きも、次第に大胆になり、お互いの快感の在り処を確かめ合うように、深く、そして優しく蠢いていく。トントンと、グニグニと、柔肉を揺らし、刺激し合っていく。
「あぁっ、やぁっ、ああっ!」
「はっ……はげ、しぃよぉっ……シェ、ナぁ……」
ボクは指先を折り曲げて、彼女の弱い部分を強く押し込んだ。ララミアも同じようにボクの中を擦ってくる。
「もっと、ララミア……!もっと、奥まで……!」
「シェナも……もっと、強く……!」
言葉と指先が、互いの欲望をさらに掻き立てていく。もう、どちらがリードしているのか分からなくなってきた。ボクたちの行為はより激しいものへ変わっていき、お腹の中を抉られるたびに、身体はビクビクと跳ね上がる。
ただ、この燃えるような快感に身を任せ、二人でどこまでも堕ちていきたい──そんな衝動だけが、ボクたちを支配していた。
「あっ……!あ、そこっ、やぁっ!」
ララミアの呼吸がだんだんと荒くなり、瞳が虚ろに細められていく。その様子を、ボクは見逃さない。
「そんなに気持ちいいの?ララミア」
「そ、それは……」
意地悪く囁きながら、指をさらに深く、激しく動かす。彼女の内側は熱く脈打ち、ボクの指を強く締め付けてくる。
「あ……っ!待って……シェナ……もう、だめ……っ」
「ダメじゃないよ」
ララミアが涙目で懇願する。その姿が、ボクの心臓を激しく掻き立てる。
「見ないで……お願い……っ。私のこと、見ないで……!」
「見ているよ」
でも、その懇願を聞き入れるつもりはない。ボクの瞳で、悶える彼女の姿をしっかりと焼き付けたい。彼女の快楽に歪む表情を、独り占めしたい。
「大丈夫。ボクはちゃんと見てるから。ララミアが、ボクのせいでどうなるのか……」
「ひあああっ……!」
指の速度をさらに上げると、ララミアの身体がビクンと大きく跳ねた。白い肌が紅潮し、口元からは甘い吐息が漏れる。
「んっ……あ……ああああああっ……!」
ついに、彼女は絶頂を迎えた。全身を痙攣させ、意識を手放したように、ボクの胸に縋り付いてくる。その可愛らしい姿が、ボクをさらに昂らせる。
「ふふっ、どう?気持ちよかった?」
「……っ」
彼女の耳元で囁くと、ララミアは顔を赤く染めたまま、むっとして顔を上げた。
「むぅ〜……チューしながらなら、ぜったい負けないもん……!」
「それって……んんっ……!」
そう言うと、彼女は身を乗り出し、ボクの唇を奪った。
どうやらボクは、キスが弱点だったらしい。弱点を自覚するより先に、彼女の舌がボクの中を蹂躙していく。
今度のララミアの唇は、熱くて、甘くて、どこか挑発的だ。彼女の舌が、ボクの口内を侵略してくる。普段の無邪気さとは打って変わった、積極的なキスに、頭がクラクラする。
それと同時に、ララミアの指が、ボクの秘かに触れてくる。さっきまでとは違う、ねっとりとした感触が、全身を駆け巡る。脳が痺れ、思考が停止していく。
「んんっ!んん、ん、んん〜……っ!」
「ん〜……」
唇を離そうとしても、ララミアは決して離してくれない。首に回された腕が、逃げることを許さない。彼女の舌は執拗に絡みつき、ボクの意識を奪っていく。
「あっ……だめ!ララミア、もう……あっ」
でも、彼女は容赦しない。熱い口づけと、巧みな指の動きで、ボクを快楽の淵へと突き落とす。
「ああああああっ……!」
そして、ついにボクも、ララミアと同じように絶頂を迎えた。身体が大きく波打ち、視界に星が散る。頭の先からつま先まで、快楽が満ち溢れている。世界が白く染まるほど、彼女に与えられた刺激が強烈だった。
意識が朦朧とする中、ララミアが何か目掛けて舌を伸ばす。それは、ボクの口から溢れた甘い雫。彼女はそれを舌で掬い取り、満足そうに微笑む。
「ふふっ。おあいこ、だね?」
「うぅ〜……」
彼女はいたずらっぽくウインクをした。その顔を見ていると、なんだか敗北したような気持ちになったが、それと同時に、言い知れない幸福感に包まれていく。
熱い夜は、まだ終わらない。
◆◆◆
女の子同士でどうやって愛し合うのかは──知識としての範囲だけど──もちろん知っていた。
こうすれば気持ちいいとか、ああすればもっと感じるとか、そんなセオリーや噂話も、どこかで耳にしたことはあった。
でも、今、ボクたちがしていることは、そんなセオリー通りのものとは全く違う。
「ねえ、シェナ……もっと……もっと、くっついていたい……」
「ボクもだよ、ララミア……こんなの、初めて……」
ララミアが甘えた声でボクの首筋に顔を埋める。その言葉に応えるように、ボクは彼女の華奢な身体を強く抱きしめた。汗ばんだ肌と肌が密着し、お互いの体温が溶け合っていくようだ。
「足りないよぉ……もっと、くっつきたいの……シェナのこと、ぎゅっとしたいよぅ……」
「ボクだって……。ほら、もっとくっつこう?」
一心不乱に相手を求め、求められ、ただひたすらに身体を擦り付け合う。汗ばんだ身体を擦り付け合うだけで、どうしてこんなに幸せな気持ちになるのか。それを言葉にすることは難しくて。
どちらからともなく、相手の身体のまだ触れていない場所を探し、指でなぞり、時には舌を這わせる。熱い吐息が絡み合い、言葉にならない声が漏れる。
ララミアの足がボクの足に絡みついてくる。その細い足を太ももで挟み込むと、彼女は「ひゃんっ」と可愛らしい声を上げた。
「シェナの足……あったかくて、ドキドキする……」
「ララミアの足もだよ……細くて、すべすべで……ずっと触っていたい……」
こんな滅茶苦茶な行為が、どうしてこんなにも至極の喜びを齎してくれるのだろう。
理屈なんて、もうどうでもいい。ただ、この瞬間の、焼け付くような熱さと、胸を満たす幸福感だけが全てだ。
ララミアの指が、ボクの髪を優しく梳く。その指先が耳朶に触れると、背筋に甘い痺れが走った。
「シェナの髪……いい匂いがする……」
「ララミアこそ……なんだか、お日様みたいな匂いがする……安心する匂い……」
お互いの匂いを確かめ合うように、深く息を吸い込む。それは、どんな香水よりも官能的で、心を落ち着かせてくれる香り。
「ねえ、シェナ……私たち、どうなっちゃうのかな……?」
「どうもしないよ……ただ、こうして一緒にいるだけ……それが一番、幸せだから……」
ボクは彼女の額に優しくキスを落とす。セオリーなんて関係ない。これがボクたちの愛の形。お互いを求め合い、与え合い、そして溶け合っていく。
そんな不器用で、でも純粋な行為が、夜が更けるのも忘れるほど、ボクたちを満たし続けていた。
言葉よりも雄弁に、肌と肌の触れ合いが、愛を語り合っていた。
◆◆◆
粘度の高い湿った音と、荒い息遣い。窓から差し込む月の光が、絡み合うボクたちを静かに照らし出している。
「んっ……!ララミア、そこだめ……っ!」
「シェナ……こんな、やぁっ……!見ないで……!」
お互いの身体が自然と一番気持ちいい絡み方を見つけ出し、導かれるように何度も何度も交わり合う。
どちらが上とか下とか、そんなことは関係ない。ただ、お互いの存在を確かめ合うように、深く、そして優しく繋がり続ける。
「ああぁぁ〜……もうダメ、ボク……また……っ!」
「私も……シェナにぃ、何度も……っ!」
ララミアのしなやかな身体がボクの身体にぴったりと重なり、まるで一つの生き物になったかのようだ。彼女の髪がボクの頬をくすぐり、甘い香りが鼻腔を刺激する。ボクの手は彼女の腰を支え、彼女の脚はボクの腰にしっかりと絡みついている。
「シェナ……好き……大好き……っ」
「ララミア……愛してる……っ」
吐息混じりのララミアの声が、耳元で囁かれる。息を切らせながら、ボクも同じ言葉を返す。言葉とキスが交互に繰り返され、そのたびにお互いの体温が上昇していく。
「ねえ、シェナ……なんだか、すごいね……こんなの、初めて……」
「うん……ボクも……こんなに、誰かと一つになれるなんて……思わなかった……」
互いの瞳を見つめ合う。そこには、情熱と、信頼と、そして深い愛情が溢れている。汗で濡れた肌が擦れ合い、快感の波が何度も何度も押し寄せてくる。
「もうダメぇ……落ちちゃうぅぅ……」
ララミアが苦しそうな、でも幸せそうな声を出す。
「でも、一緒なら……怖くないでしょ……?」
「……うん、一緒がいい!」
ボクがそう言うと、彼女はこくりと頷いた。その言葉を合図に、ボクたちは最後の力を振り絞るようにお互いを求め合った。
身体をこれ以上ないほど密着させる。鼓動さえ共有しているのではと思うほど近くに、彼女の存在が感じられる。
指を早め、ララミアの敏感な所の特別柔らかい場所を、的確に探り当てる。彼女の指もボクの一番弱い部分に到達していた。くにくに、グリグリと触れていく。
「ララミア……!ララミアぁ……!」
「シェナ……!シェナぁ……!」
そして、まるで示し合わせたかのように、同時に絶頂の瞬間を迎える。
「「あぁぁぁぁあああ〜!!」」
二人分の声が重なり合い、部屋中に響き渡る。全身の力が抜け、思考が真っ白になる。ただ、ララミアの温もりだけが、確かにそこにある
「はあぁぁぁぁ……ああ……」
「あ、あ、ああああぁぁぁぁ〜……っ」
しばらくの間、二人とも息を整えるのに必死だった。でも、その間も、お互いの身体は離れようとしない。むしろ、愛おしそうに身体を捩り合わせ、少しでも多くの面積で触れ合おうとしている。
「シェナ……」
「ララミア……」
名前を呼び合うだけで、胸がいっぱいになる。
こんなにも誰かを愛おしいと思ったことはない。
こんなにも満たされた気持ちになったことはない。
窓の外は、もう白み始めているのかもしれない。でも、ボクたちの夜は、まだ始まったばかりのような気がした。この温もりを、この幸せを、永遠に感じていたい。
そう、心から願った。
濃厚な時間が過ぎ去り、部屋には穏やかな空気が流れていた。
ボクらの荒い息遣いもようやく落ち着き、互いの温もりを確かめ合うように寄り添っている。
「あはは、すごかったね〜……」
「……そうだね」
ララミアの少し照れたような、でも満足げな声での言葉に、ボクは頷いた。言葉にできないほどの感情が、まだ胸の中で渦巻いている。
自分はした。してしまった。でも、後悔はしていない。……ちょっとだけ、恥ずかしくはあるけれど。
ふと、あることを思い出し、ボクは口を開く。
「ねえ、ララミア」
「なーに?」
「あの歌のサビ、実はさっき……完成したんだ」
「えっ、本当!?」
ララミアがぱっと顔を輝かせ、身を乗り出してくる。その期待に満ちた瞳に見つめられると、少し恥ずかしくなる。でも、今なら歌える気がした。
「……いくよ?」
「うん、いいよ」
ボクは小さく息を吸い、ララミアの目を見つめながら、ゆっくりと歌い始める。
≪ボクを呼んでくれるなら♪≫
≪この想いは揺るがないから♪≫
≪君と未来を紡いでいきたい♪≫
≪ずっとずっと離さないで♪≫
≪君の輝きがボクの全て♪≫
≪ただ隣で微笑んでいて♪≫
≪君に誓うよ、何度でも♪≫
≪どうか永遠に側にいて♪≫
≪世界は進むよ、キミと共に──♪≫
それは、紛れもない愛の告白。今、この瞬間のボクの全ての気持ちを込めた歌。歌い終わると、顔がカッと熱くなるのを感じた。
「ど、どうかな……?」
恐る恐るララミアの反応を伺う。照れてしまうのか、涙を浮かべてしまうのか。そんな彼女の姿を想像していたが──
「うーん……なんか違う、かな?」
「は、はぁっ!?」
予想外の返事に、素っ頓狂な声が出てしまう。動揺を隠せないボクに、ララミアは慌てて言葉を続ける。
「あ、いや、すごく素敵な歌詞だよ!ちゃんと、愛の告白だって分かったし……。でもね、なんていうかシェナっぽくないっていうか……」
「ボクっぽくない……?」
ボクが聞き返すと、ララミアは首肯して続ける。
「ふんわりとしたイメージだけどね、あの時のシェナはね、もっとこう……キラキラしてて、すごく偉そうで、でも見てるだけで元気が出てくるような……。うーん、上手く言えないけど……」
「…………あっ」
ララミアのぼんやりとした感想。でも、その言葉の中に、ボクはずっと見失っていた何かを見つけたような気がした。
「そっか、分かったかもしれない」
そうだ。今のボクに足りなかったもの。それは、かつてのボクが持っていた、あの圧倒的なまでの────。
ボクは小さく呟き、頭の中で歌詞を修正してみる。さっきの言葉を全て否定するわけではないけれど、あの頃のボクなら、こう言うはずだ。
「ねえ、ララミア。もう一回、聞いてくれる?」
「うん、いいよ!」
そして、修正したサビを歌う。今度は、もっと胸を張って、自信を持って。
「♪〜〜……!!」
歌い終わると、ララミアは満面の笑みで、嬉しそうに何度も頷いた。
「うん!これだよ!これこそ、シェナの歌だよ!」
「えへへ、そう?」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
「こんなボクで……いいかな?」
少し不安げに問いかけると、ララミアはボクの頬に優しくキスを落とした。
「うん。そんな君が、大好きだよ」
「……ありがとう」
その言葉が、何よりも嬉しい答えだった。失いかけていた自信が、少しずつ戻ってくるのを感じる。
夜明けの光が、窓から差し込み始めていた。
まるで、新しいボクたちの始まりを告げているように。
◆◆◆
あの夜があった数週間後。薄暗いライブステージの袖。
スポットライトの熱気と、開演を待つ観客たちのざわめきが、壁越しに伝わってくる。
「──さて、準備はよろしいですか、リーシェナさん」
「うん。バッチリだよ」
ボクは深呼吸を繰り返し、マネージャーと最終確認を行っていた。
「衣装もメイクも完璧。あとは、あなたの歌声だけですね。どのような進化を遂げたのか、楽しみです」
マネージャーの問いかけに、ボクは力強く頷く。その声には、いつもの淡々とした響きの中に、微かな好奇の色が混じっているように感じられた。
彼女はいつものように冷静沈着だけど、その瞳の奥には確かな信頼と期待が宿っている。それがボクにとって、力になる。
「そういえば……『あの子』も、呼んだよね?」
ふと気になって尋ねると、マネージャーはふふ、と小さく笑みを漏らした。
「勿論です。最前列の、一番見やすい席を確保しましたよ。彼女もきっと、あなたの新しい輝きを待っているでしょう」
「流石だね。ありがとう」
その言葉に、心が少しだけ浮き立つ。ララミアが、見ていてくれる。それだけで、勇気が湧いてくる。
「……それと、今までごめんね。色々と、燻っちゃってて」
ずっと胸の中にあった謝罪の言葉を口にする。敗北してからずっと、どこか投げやりで、本気になれない自分がいた。マネージャーにも、きっとたくさん心配かけた。
「気にする必要はありませんよ。誰にだって、そういう揺らぎの時期はあるものです。むしろ、その過程があったからこそ、今のあなたがいる」
「そっか……。そう言ってくれると、嬉しい」
マネージャーに背中を押されたことを実感する。ボクの歌に、期待がかかる。でもそれはもう、重圧ではなく、純粋な使命感となっていた。
「それに、今のあなたは最高に輝いている。どこまで素晴らしいステージになるか、私にはわからない。わからないから楽しい、愉快。あぁ……とても良いこと、愛いこと……」
「ははっ。愛いこと、ね」
マネージャーの言葉は、時折こうして不思議な響きを帯びる。でも、今のボクにはその言葉が素直に力になった。
……もしかしたら、彼女は心配というより、ボクがどう変化していくのかを観察していたのかもしれないけど。
「よし、じゃあ行ってくるよ」
力強く頷き、ステージへと続く階段に足をかける。
「いってきます」
振り返り、マネージャーにそう告げると、彼女は目を細めながら、小さく手を振ってくれた。
「ええ、いってらっしゃい」
その言葉を胸に、ボクは一歩、また一歩とステージ中央へと進んでいく。眩いスポットライトが、ボクを照らし出す。
会場を埋め尽くす観客たちの熱気が、肌で感じられた。そして、最前列のララミアと、確かに目が合った。彼女は、満面の笑みでボクに手を振っている。
大丈夫。今のボクなら、最高の歌を届けられる。
マイクを握る手に、力がこもった。
◆◆◆
静寂を切り裂くように、イントロが鳴り響く。
重低音が腹に響き、鼓動を加速させる。スポットライトが乱反射し、ステージ上は幻想的な光に包まれる。観客たちの期待感が、肌を刺すように感じられた。
マイクを握りしめ、ゆっくりと口を開く。
≪──砕け散った誇りの欠片が♪≫
最初のフレーズは、まるで独白のように、そしてクールに歌い始める。失ったもの、届かないものへの渇望、そして心の奥底に隠された痛み。
≪ボクの足元に転がってる♪≫
≪見上げた夜空に描かれた星座♪≫
≪手を伸ばしても届かない♪≫
ステージをゆっくりと歩きながら、観客一人ひとりの顔を見つめる。彼らの瞳には、期待、興奮、そして希望が宿っている。
≪涙が頬を伝い落ちて行く♪≫
≪この痛みが胸を締めつける──それでも♪≫
その光に応えるように、少しずつ感情を込めていく。
≪それでも心の奥で叫んだ♪≫
≪『もう一度、光を掴みたい』と!≫
サビ前のフレーズが終わると同時に、照明が激しく明滅する。高揚感が高まり、観客たちのボルテージが上がっていくのがわかる。そして、ついにサビが始まる。
≪さあ立ち上がれ!『傲慢』なボクよ!≫
歌い方を変え、力強く、そして情熱的に叫ぶように歌う。それまでの鬱屈とした感情を全て解き放つように、全身全霊で歌い上げる。
≪どんな試練が待っていても♪≫
≪負けはしない 恐れはしない♪≫
≪諦めることなど出来はしない!≫
腕を高く掲げ、ステージを駆け回る。観客たちの歓声が、まるで炎のようにボクを包み込む。熱気が肌を焼き、アドレナリンが全身を駆け巡る。
≪今度はボクの番だから!≫
≪その美しい星を落としてみせる♪≫
≪追いついて 追い越して♪≫
≪君と輝くその日まで!≫
あの子への宣戦布告。そして、彼女と共に輝きたいという、切なる願い。その想いを歌に乗せ、力強く叫ぶ。
≪世界は進むよ、キミと共に!≫
最後のフレーズを歌い終えると同時に、ステージ全体が眩い光に包まれた。観客たちの歓声と拍手が、嵐のように降り注ぐ。
最高の歌を、届けられた。そう確信できる、瞬間だった。
◆◆◆
「はぁぁぁ……つかれたぁぁぁ……」
楽屋に戻ったボクは、机に突っ伏していた。久々のオリジナル曲に加えて有観客のステージに、緊張と疲労が一気に押し寄せてくる。
「はぁ、こんなに緊張するなんて、鈍っちゃったなぁ……。さっさと感覚、取り戻してかないとね……」
それでも、心地よい疲れだった。自分の手を見つめると、まだ小刻みに震えている。恐怖や恐れではない。高揚と期待の震え。
かつて感じていた、あの全能感に似た何かが、再び心の奥で蘇り始めているのを感じる。そっと手を握りしめ、その感覚を確かめた。
コンコン、と楽屋のドアがノックされる。
「どうぞー」
気だるげに答えると、マネージャーが顔を覗かせた。
「お疲れさまです。素晴らしいステージでした」
彼女の労いの言葉に、ボクは椅子に背中を預けながら答える。
「ありがとう。なんだか、久しぶりに本気で歌えた気がするよ」
「そうでしょうね。あなたの中で何かが進化したのが、ここからでもよく見えました」
マネージャーの言葉には、いつもの冷静な響きと共に、僅かながら嬉々とした感情が滲んでいるような気がした。
「あ、そういえば、あの子ってどこにいる?」
「あの方でしたら、もうすぐですよ。ふふ、楽しみですね。どんな反応を見せてくれるのか──」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、楽屋のドアが勢いよく開かれた。
「シェナ〜!」
「ララミア!」
ララミアが部屋に飛び込んできて、そのままボクに抱きついてくる。その勢いに、椅子ごと後ろに倒れそうになった。
「すっごかったよ!もう、ゾクゾクって感じが止まらなくて、全身に電流が流れるみたいで……!!!」
彼女は目をキラキラと輝かせながら、興奮冷めやらぬ様子で感想を述べてくる。
「アイドルのステージって初めて見たんだけど!あんなにたくさんの人がいて、みんなが熱くなって……!その中心でシェナが歌って踊ってるのを見てたら、なんだかドキドキが止まらなくて!」
彼女の純粋な感動が、ボクの心にも温かく響く。ステージで感じていた高揚感が、また蘇ってきた。
「シェナって、やっぱりすごいんだね!みんなを魅了して、会場全体を自分の世界に変えちゃうんだもん!!本当にすごいよ!」
「ふふ、ありがと」
ボクを強く抱き締めたまま、早口でまくしたてるララミアの言葉一つひとつに耳を傾ける。その声には、彼女の純粋な敬愛の情が滲んでいた。
「まあ、まだまだ鈍っちゃってるから、本調子には戻れてないんだけどね〜」
「えーっ、嘘ぉ〜!?これで鈍っちゃってて、これ以上すごいなんてこと……ありそう!だってシェナだもんね〜!」
そう言いながら、ララミアはボクにぎゅーっとしがみついてきた。それは、いつもよりちょっとだけ強い力で。
「そう、そうだよ!ボクは凄いんだ!」
その言葉に、少しだけ胸を張る。久しぶりに見せた、ボクの『傲慢さ』だった。
「……もう、ボクから目を逸らせないよね?」
少し意地悪く問いかけると、ララミアは迷いなく、明るく首肯する。
「うん!絶対に!シェナの歌声、シェナの踊り、シェナの全部が大好きだから!」
「……うん!ありがとう……!ありがとう……っ!!」
その真っ直ぐな言葉に、胸が熱くなる。失いかけていたものが、確実に戻ってきているのを感じた。ララミアがいてくれるなら、ボクはまた輝けるかもしれない。
──やがて、ララミアはボクの腕の中から顔を上げ、いたずらっぽく微笑んだ。
「……それじゃ、今度は私の番だね!」
「うん?」
その言葉に、ボクは首を傾げる。ララミアは少し照れながら、でもどこか誇らしげに続けた。
「実はね、私もアイドルを目指すことにしたんだ!」
「えっ……!?アイドル?ララミアが?」
「うん!」
ララミアがアイドル。その告白に、思わず目を見開いてしまった。
「さっき、あなたのマネージャーさんに言ってみたら、『それでは、あなたもマネージメントいたします』って言ってくれたんだよ!」
「……はぁ!?ちょっと、マネージャー!?どういうこと!?」
ララミアの無邪気な笑顔に、一瞬だけ呆気に取られる。すぐに振り返ってマネージャーを薄情者と罵ろうとしたが、気づけば彼女の姿は部屋から消えていた。
「はぁ……あの人、逃げ足も速いんだから」
「あはははっ!」
ため息をつくと、ララミアはケラケラと楽しそうに笑い出す。その明るい笑い声に、思わずボクも吹き出してしまう。
そして、ボクらは自然と見つめ合った。瞳の奥に、これからの未来への期待と、競い合う覚悟が灯っている。
「これからも、一緒に戦っていこうね。シェナ」
「もちろん。……負けないけどね?」
彼女の挑戦的に微笑みに、ボクも負けじと宣言する。
「滅びの速度は君より速い!」
「あなたの魅力も、追い抜いちゃうから!」
「……ぷっ」
「……ぷふふっ」
「「あははははっ!!」」
二人の声が重なり合い、楽屋に響き渡る。こんな風に笑ったのは久々だ。胸がくすぐられるように温かい。
競い合い、支え合い、そして愛し合う。そんな未来が、今この瞬間から始まる。
世界は進むよ。キミと共に。
[おわり]
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ビヨンドからきますた。
力作やん
ほぼ公式と化していて草
ビヨンドのララミアのフレテキ見た
これもう半分公式だろ…
ビヨで特殊演出にこれ追加しようよ
いいねですねぇ、これは。すごくいいと思います。はい。